二十年前、人口百人ほどの小さな島に、教授の民俗調査に同行する形で長期滞在した。
私は研究者ではなく、名目上は手伝いだが、実際はただの付き添いだった。
島の半分は墓地だと聞いた。子どもたちはそちらへは絶対に近づかない。干潮になれば隣の島まで道が現れ、透き通った海の上を歩いて渡れる。楽園のような景色だった。
祭の時期に合わせ、一ヶ月滞在した。夜になると、白装束に面をつけた男たちが松明を掲げ、太鼓を打ち鳴らしながら村を練り歩く。教授は繰り返し言った。
「祭の夜は絶対に一人で外に出るな。誰が来ても戸を開けるな」
私たちは船着場の一室に雑魚寝していた。格子だけの窓から、炎の影が揺れる。
その夜、扉が鳴った。
「開けろや」
昼間に世話になったリョウさんの声だった。温和だったはずの声が、湿っていた。叩く音が強くなる。シャワー室の小窓から腕が差し込まれ、火のついた松明が投げ込まれた。床に火が散る。
女の子たちは声を失った。リョウさんの視線は、タミちゃんに向いていた。彼は戸をこじ開けようと体を押しつける。タミちゃんは震えながら「教授を呼ぶ」と言い、外へ飛び出した。
直後、男たちがそれを追った。
太鼓だけが残った。
路地は暗く、松明だけが動く光源だった。光が近づけば、誰かがいる。影に身を寄せるしかない。
祠では祈祷師が神託を受け、女たちは一晩中踊る。男たちは村を歩き続ける。私は男の子二人と外へ出た。影から現れた村人が私を見て舌打ちした。その短い音が、やけに鮮明だった。
踊りの輪の外で、教授はタミちゃんを見つけた。鬼のような顔で腕を掴み、私たちを囲む。だがその直後、村人と酒を酌み交わし、笑った。笑いながら、私たちからは離れない。
後で聞いた。あの夜は、男が女を力ずくで抱いても咎められない日だったと。だから女性は外に出るなと告げられていた。滞在前、島の母親たちが教授に深く頭を下げた理由も、そこで理解した。
さらに、あの夜に宿った子どもは名も戸籍も与えられず、墓地の向こう側で生涯を過ごすという。差別される側をつくることで、島は均衡を保ってきた。教授は感情を交えず説明した。
「もうそんなことはない」とも。
だが、あの夜、追われたタミちゃんが路地の奥で立ち止まった瞬間、男たちの中に教授の影が混じって見えたのは、私の見間違いだろうか。
歓迎の宴で、撫でられていた子ヤギが、その場で血を流し、鍋に沈められた。湯気の向こうで、島の人々は笑う。私は口をつけられず、教授に叱られた。
「ここでは、そういうものだ」
あれから二十年。海風に腐った塩の匂いが混じると、太鼓の低いうねりを思い出す。
そして、祭の輪の外で私たちを囲んだあの壁が、本当に守るためのものだったのか、それとも逃がさないためのものだったのか、今も決められない。
[出典:2011/08/13(土) 11:38:06.89 ID:XZBk9m760]