あれは、私の人生でいちばん背筋の冷える出来事だった。
何か直接的な被害に遭ったわけではない。暴力を振るわれたわけでも、脅されたわけでもない。ただ思い返すたびに、どうしてあの場面で、私は笑って応対できたのか、それだけが今も分からない。
昼下がり、時計の針は三時を少し回っていた。窓から差し込む光は柔らかく、洗濯物の影が廊下に揺れていた。そんな穏やかな時間に、玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、背の高い、異様に痩せた男が立っていた。年齢はよく分からない。四十代にも見えたし、もっと若いようにも見えた。頬がこけ、口元だけが不自然に持ち上がっている。その笑みは、相手を安心させるための形だけをなぞったようだった。
男は桐越と名乗り、主人の友人である加賀谷の上司だと言った。名刺を差し出しながら、開口一番、加賀谷が行方不明になったと告げた。突然の話に、頭がうまく回らなかった。主人が同郷の友人だから、何か知っていることがないか。それだけを確かめに来たのだという。
私はすぐに主人へ電話をかけた。受話口の向こうで主人は驚いた声を上げ、そんな話は聞いていないと言った。加賀谷の居場所も分からないし、ここ最近連絡も取っていない。私はそのまま、聞いたままを桐越に伝えた。
桐越は、そうですか、と静かに頷いた。何か分かったら連絡をくださいと言い、名刺を下駄箱の上に置いた。その動作ひとつひとつが丁寧で、無駄がなかった。
ドアを閉める直前、ふと違和感が走った。理由は説明できない。ただ、玄関先に残された空気が、妙に冷たかった。見送る形になった桐越の背中に、言いようのない嫌悪感がまとわりついた。笑顔は崩れていない。声も穏やかだった。それなのに、皮膚の内側に、こちらを値踏みする冷たい視線が残っている。そんな気配だけが、消えなかった。
夜になり、主人が加賀谷の家に電話を入れた。そこで、奇妙な話を聞いた。桐越はその日の昼前、すでに加賀谷の妻を訪ねていたという。年賀状の住所録を預かり、知人や親族の連絡先を確認していったらしい。その中に、我が家の住所もあったそうだ。
昼前に住所録を受け取り、午後三時には百キロ以上離れた我が家に現れている。移動時間を考えると、どうにも合わない。加賀谷の妻は、そんなに急いで回るとは思っていなかったと、電話口で困惑していたという。
それからしばらくの間、桐越は頻繁に加賀谷の家へ姿を見せた。用事があるようで、はっきりした進展はなく、状況報告と称して短い会話だけを残して帰ることもあった。深夜に訪ねてくることもあり、インターホン越しに聞こえる声は、昼間と変わらず丁寧だったそうだ。
熱心なのはありがたいけれど、と加賀谷の妻は言いながら、どこか落ち着かない様子だったという。家の中を見渡す視線や、さりげなく交わされる質問が、少しずつ増えていったらしい。
主人から聞いた話では、加賀谷と桐越は、以前から折り合いが悪かったそうだ。職場で揉めたこともあり、顔を合わせるのを避けていた時期もあったという。それでも、桐越は変わらず穏やかな態度を崩さなかったと聞いた。
さらに後日、桐越は飛行機で移動する距離にある加賀谷の実家まで足を運んだ。両親に会い、知人の連絡先を教えてほしいと頼んだそうだ。すでに妻から話を聞いていた両親は、何も渡さず、その場で断ったという。
そのとき、加賀谷の母が、警察が動いているのだから素人が首を突っ込むべきではないと告げた。すると、桐越の表情が一瞬だけ変わった。笑みが引きつり、頬が小刻みに震えたそうだ。ほんの一瞬で、すぐに元の表情に戻ったらしい。
その話を聞いたとき、私は昼下がりの玄関先を思い出していた。あの不自然な笑み。眼の奥に沈んでいた、冷たい光。
それから、桐越は姿を消した。
しばらくして、主人から短く連絡があった。桐越が逮捕された、と。それ以上のことは、詳しく聞かなかった。聞く気にもなれなかった。
葬儀の日、加賀谷の妻は幼い子どもを抱え、ほとんど表情を失っていた。両親は言葉少なに、ただ頭を下げ続けていた。棺の前に立った瞬間、空気が重く、湿っているように感じた。胸の奥が詰まり、足元がふらついた。
帰宅してからも、玄関の前に立つと、あのときの感覚が蘇った。もし、あの日、何かを渡していたら。もし、笑顔のまま、もう一歩踏み込ませていたら。そう考えるたび、理由の分からない寒気が背中を走る。
後日、ニュースで事件は小さく報じられた。私は名前も細部も伏せ、この出来事を語っている。それでも、玄関のチャイムが鳴るたび、昼下がりの光景が脳裏に浮かぶ。
ドアを開けた瞬間、そこに立っているのが、あの男なのではないか。
なぜ、あのとき私は、何も疑わずに笑えたのか。
その理由だけが、今も分からないままだ。
[出典:671 :名無しさん@HOME:2012/01/09(月) 10:06:56.57]