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短編 r+ 怪談 ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

個室の下 rw+7,865-0124

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深夜のネットカフェという場所は、昼間とは別の顔を持つ。

明るさは保たれているのに、空気の密度だけが変わる。人の気配が薄まり、仕切りと仕切りのあいだに、用途不明の余白が生まれる。

大学生だった頃、俺には行きつけのネットカフェがあった。値段が特別安いわけでもない。ただ清潔で、椅子が良く、個室の壁がやや高い。長時間ゲームをするには都合が良かった。終電を逃した夜も、そこに行けば朝までは過ごせる。そういう認識だった。

その日も、軽い気持ちで入店した。
深夜二時を回った頃、店内はほぼ無音だった。キーボードを叩く音と、どこかの個室から漏れる微かな動画音声だけ。眠気と集中が混ざった、あの独特の時間帯だ。

最初に聞こえたのは、意味の取れない声だった。

「ヒホーヒー」
「ぼおおお」

笑っているようでも、泣いているようでもない。抑揚だけが過剰で、言葉として成立していない。女の声だった。音量は大きくないが、壁越しに確実に届く。

無視しようとした。だが、一定の間隔で続く。二分おき、三分おき。独り言のようでもあり、誰かに話しかけているようでもある。

店員は注意に来ない。
注意する気配すらない。

二十分ほど経った頃、苛立ちが限界を越えた。考えるより先に体が動き、背後の個室のドアを裏拳で叩いた。軽くではない。反射的に、強く。

「バン」

音が止んだ。

静寂が戻った。その静けさが、逆に不自然だった。数秒後、また声が聞こえ始めた。ただし、今度は極端に小さい。壁に顔を寄せ、何かと囁き合っているような声量。

その瞬間、嫌な想像が浮かんだ。
本当に一人なのか。

ネットカフェの個室は完全な密室ではない。ドアの下には隙間がある。清掃用、換気用、理由はいくらでもつけられるが、あれは確実に「覗ける高さ」だ。

気づいたら、屈んでいた。

ドアの下から視線を滑り込ませた瞬間、異変に気づいた。
椅子が、奥にずらされている。
机の下が、必要以上によく見える。

そこに、人がいた。

女だった。体育座りで、床に直接座り、バッグを抱えている。ファスナーを開けては閉め、閉めては開ける。その動作を、無心で繰り返している。

顔だけが、こちらを向いていた。

完全に目が合った。
距離は、腕一本分もない。

心臓が跳ねる前に、体が冷えた。
なぜそこにいるのか。
なぜこちらを見るのか。
なぜ、机の下なのか。

問いが頭に浮かぶより早く、視線が固定された。逸らせない。瞬きの回数が狂う。女の表情は笑っていなかった。ただ、観察するような目だった。

気づいたときには、立ち上がっていた。
逃げたいと思ったが、外は深夜だ。電車はない。個室に戻るしかない。煙草を取り出し、手を震わせながら火をつけた。

そのとき、背後から声がした。

「フッ……ンフ……」

笑い声だった。抑えたつもりで、抑えきれていない音。

振り向いた。

女が、いた。

俺の個室のドアの下に、しゃがんでいる。
こちらを見上げている。
さっきと同じ距離。

音は聞こえなかった。
ドアを開ける音も、椅子を引く音も。

つまり、そういうことだ。

しゃがんだまま、女はゆっくりとこちらに近づいてきた。
床を擦る音が、やけに大きく響く。

「ポポーーーーーーーン」

意味のない叫び。
その瞬間、考える余地はなかった。

蹴った。

何を蹴ったのか、正確には覚えていない。顔だったのか、肩だったのか。感触だけが残っている。柔らかくて、硬かった。

女は泣き叫び、暴れた。
店内が騒然となり、店員が駆けつけ、警察が呼ばれた。

その後のことは、断片的だ。
事情聴取。書類。謝罪。誰かが頭を下げていた。

女のバッグの中身を見たのは、その後だった。
刃物だった。種類も数も、はっきりしない。ただ、用途がわからない状態で、無造作に入っていた。包まれてもいなかった。

警察は俺を帰した。
正しい判断だったと言われた。

だが、帰宅してから気づいた。
俺は最後まで、女が「どこから入ってきたのか」を確認していない。

今でも、夜道を歩くと、足元を意識してしまう。
机の下。ドアの隙間。視界の端。

あの視線が、まだどこかで続いている気がする。

もうネットカフェには行っていない。
だが、行かなくなった理由を、うまく説明できない。

あそこにいたのは、あの女だったのか。

[出典:526 本当にあった怖い名無し sage 2010/09/30(木) 10:21:21 ID:8n0CWUPW0]

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