これは、ある男性(仮名:田中さん)が体験した話。子供の頃の話で、今でも記憶から消えないという。
田中さんの母親は寺の生まれで、小さい頃から人魂などを目撃していたらしい。田中さん自身にそのような力があるのかどうかはわからない。しかし、小学校五年生の臨海学校で起きた出来事は、彼の中で特別な体験として刻まれているという。
その臨海学校の場所は伊豆のとある地域。宿泊場所は、なんと廃校だった。木造の二階建て校舎。教室に畳を敷き、四十人ほどが雑魚寝をする。田中さんが寝泊まりしたのは一階の教室で、窓の外にはわずかな敷地を挟み、急な山の斜面が迫っていた。夏の夜、湿った木材の匂いがかすかに鼻をつく中、子供たちは疲れ果て、次々に眠りについた。
しかし、深夜、田中さんは尿意で目を覚ました。廊下に近い位置に寝ていた彼は、トイレに向かうべく布団から身を起こした。そのとき、ふと廊下の外に目を向けた。開け放たれた引き戸の向こう、闇に覆われた庭が見える。
そして、そこにいた。
トレパン姿で中腰になった、二十人ほどの子供たちが並んでいる。全員が同じ姿勢で微動だにせず、その中央には、白い着物を着た長髪の女が立っている。彼らは、静止画のようにピタリと動かない。
心臓が止まりそうだった。呼吸が浅くなり、全身が硬直した。「見間違いだ」と自分に言い聞かせ、枕元のメガネを手に取り、もう一度しっかり見た。しかし、視界がクリアになっても、彼らはその場にいた。
廊下の外、月明かりの下で静止した異形の光景。子供たちは、影のように静かで、女の顔は薄暗がりで判然としない。ただその場を見つめる目には、明らかな「意思」があった。
怖さのあまり、隣に寝ていた親友を揺り起こそうとしたが、親友は起きない。無理に揺らす手が止まり、再び廊下を見た。まだいる。変わらずそこにいる。どうすることもできず、田中さんは布団の中で目を閉じ、震えながら夜明けを待った。
やがて、外が白んできた。恐る恐る目を開け、廊下の外を確認すると、そこにはもう何もいなかった。夜の闇が嘘のように薄れ、山の緑が静かに揺れているだけだった。安堵と同時に、田中さんは急いでトイレに向かった。その帰り道、ふと耳に入った小さな声。
「なあ、お前、あれ見たか?」
別の教室の布団の中から聞こえた囁き声だった。それは自分以外にも、何かを見た人間がいるという証だった。
田中さんは、そのとき初めて確信した。あの夜の出来事は幻ではない。あの廃校では、何かが確かに存在していたのだと。子供たちが中腰で動かず、真ん中には白い着物の女。その場に漂う異様な気配。それが何であったのか、今でも田中さんにはわからない。
ただ、こう思うのだという――あの場所には何らかの過去の悲劇が眠っていたのだ、と。空襲なのか、土砂崩れなのか、あるいはもっと別の何かか。
それ以来、田中さんが鮮明に覚えている霊体験は、あの一夜だけだ。子供の頃の純粋な目だからこそ見えたのだろう、と彼は言う。
「もう大人になってからは、全然そんなものは見なくなりました」と笑いながら語る田中さんだったが、その瞳の奥には、あの夜を思い出す微かな震えが今も残っていた。
[381 本当にあった怖い名無し New! 2012/03/07(水) 14:48:19.34 ID:2qHw0/Iv0]