俺がその話を聞いたのは、テレビ局の警備室に勤めていた男からだ。
「昔はよかった」などという懐古ではない。むしろ、今のほうが気味が悪い、と彼は言った。
局内はカードキーと顔認証で固められている。搬入口も楽屋口も、無断で通れる場所はない。モニター室には常時十数枚の画面が並び、廊下も階段もスタジオも、死角はほとんどない。
それでも、「いる」という。
最初は清掃員だった。深夜二時、人気のない編集フロアの奥で、壁に背を預けて座っている男を見たという。
作業着でもスーツでもない。くたびれたコートを着て、両手を膝に置き、こちらを向いていた。
警備が向かうと、誰もいない。
モニターを巻き戻しても、何も映っていない。
似た証言は、断続的に上がる。
給湯室で湯を沸かしている背中。
スタジオの暗がりで弁当の残りを漁る影。
トイレ個室の下から覗く、見慣れない靴。
だが記録には残らない。
疲労、思い込み、メンタルの問題。報告書はいつもそう締められる。
男が配属されたのは、地下のモニター室だった。局内すべての映像が集まる場所だ。
「トイレの個室まで映る」
彼は冗談めかして言ったが、その笑いは長続きしなかった。
ある夜、地下の搬入通路に男が立っているのを見た。
照明は落ち、非常灯だけが赤く灯っている。画面の隅に、確かに人影がある。
だが他のカメラに切り替えると、そこには何もない。
再び同じ画面に戻すと、男はカメラのほうを向いていた。
顔ははっきりしない。
ただ、目の位置だけが暗く沈んでいる。
そのとき、モニターの端に小さな反射が映った。
モニター室のガラスに映る、自分の背中だった。
そして、その背後にも、もう一つの影があった。
振り向いても、誰もいない。
翌週、局内で不審死があったという噂が流れた。
編集マンが一人、地下の倉庫で倒れていた。詳細は伏せられ、報道もされなかった。
処理は速やかで、翌日には何事もなかったように番組は放送された。
その夜から、搬入通路の画面に立つ影が増えた。
一人だったはずの男の背後に、もう一人。さらにその奥にも、ぼんやりと。
男は報告しなかった。
報告すれば、次に消えるのは自分だと、直感したらしい。
最後に彼が見たのは、スタジオの生放送中だった。
バラエティ番組の歓声の裏で、観客席の最後列に、例の男が座っている。
拍手もせず、瞬きもせず、カメラのほうを見ている。
放送映像には映っていない。
だがモニター室の画面には、確かにいた。
「不思議なのはな」
彼はそう言って、少しだけ声を落とした。
「あいつら、カメラの中にいるんじゃない。カメラの外に立って、こっちを見てるんだ」
それから数か月後、彼は退職した。
理由は聞いていない。
ただ、たまに深夜、何気なくテレビをつけたとき、暗転した画面に自分の姿が映る。
その背後に、見覚えのない影が立っている気がすることがある。
振り向けば、もちろん誰もいない。
だが画面の中では、影だけが、わずかに首を傾けている。
それが人間かどうかは、もう問題ではない。
問題なのは、こちらがいつから映る側に回ったのか、ということだ。
――あなたの部屋のテレビも、例外ではない。
[出典:163: 本当にあった怖い名無し:2010/05/24(月) 16:53:25 ID:+W9xF9Zo0]