僕がこの話を聞いたのは、あるファミレスでのことだった。
サークルの仲間たちと小旅行をすることになり、駅前で待ち合わせをしていたのだ。
きっかけはメンバーのひとりが親のすねをかじって新車のミニバンを買ったことだったと思う。しかし、時間通りに現れたのは僕とYの二人だけだった。他のメンバーはバンに乗り合わせていたため渋滞にはまり、まだ到着には時間がかかるという。
仕方なく、僕らは近くのファミレスで時間を潰すことにした。
Yはサークルに入ったばかりの新人で、これまであまり話したことがなかった。内心、どんな人物なのか少し緊張していたが、実際に話してみると彼は噂通り気さくで話しやすかった。僕らはすぐに打ち解け、くだらない話で盛り上がった。
三十分ほどして、まだ仲間たちが到着しないことを確認すると、ひどい渋滞であと一~二時間かかるという。仕方なく、軽く食事を取ることにしたのだが、Yの注文した量に僕は驚いた。
四~五人分はあるだろうか。テーブルに並ぶ皿の数に、思わず尋ねた。
「いったいどうしたんだ? こんなに一度にお前一人で食べられるのかよ?」
Yは笑いながら言った。
「俺は大食いだから、これくらい平気だよ」
その時、彼の笑った口元に違和感を覚えた。歯の根元が黒ずんでいる。ヤニか虫歯か……あまり気持ちのいいものではなかった。
やがて料理が次々と運ばれてくると、Yは勢いよく食べ始めた。驚くほどの食欲だった。痩せ型の彼がどうしてこの体型を維持できるのか、不思議で仕方なかった。
「よくそんなに食べて太らないな。胃下垂か何かじゃないか?」
そう聞くと、Yは一瞬手を止めて言った。
「俺も昔はこんなに食べなかったんだ。あることがきっかけでね」
「ふーん。じゃあ聞かせてくれよ」
Yは少し迷うような素振りを見せたが、結局話し始めた。
「もともと俺、小食だったんだよ。食パン二枚で足りるくらいだった」
彼の食生活が変わったのは、以前付き合っていた彼女のせいだったらしい。最初は普通に楽しく付き合っていたが、彼女は異常なほど執着していた。一日何十通ものメール、返信がないと発狂するような様子。家のトイレに行くときも、扉の前で待たれていたという。
付き合い始めて二ヶ月ほどでYの気持ちは冷め、ついには「これ以上しつこくするなら別れる」と告げた。だが、彼女は絶対に別れたくないと泣いて拒否した。それでもYは徐々に距離を置き、彼女が諦めるのを待った。
すると、彼女は急に態度を変えた。料理がやたらと豪華になり、束縛も減った。二ヶ月後、ついに彼女の方から別れを告げてきた。
「正直、ほっとしたよ。でも、なんで急に諦めがついたのか、そっちのほうが不気味でさ」
だが、その後、一週間も経たないうちに彼の携帯に知らない番号から電話がかかってきた。彼女の母親だった。
彼女はYと別れた直後に自殺したという。住んでいたマンションの屋上から飛び降りたのだと。
「俺、嫌だったんだけどさ。彼女の遺書に『私が死んだらYに日記を渡して』って書いてあったんだ」
Yの手に渡った日記には、彼への執着が延々と綴られていた。しかし、ある日を境に内容が変わっていた。
「彼女、俺に作った食事に少しずつ自分の一部を混ぜてたんだよ。爪や髪、血なんかを……」
日記には「今日はカレーに髪を入れた」「ステーキに血を混ぜた」と詳細に書かれていた。Yが別れると告げた日から。そして、最後のページには、こう記されていた。
『これでやっと一緒になれたね』
「俺もバカだったよ。味の変化には気づいたけど、料理が豪華になったからだと思ってた」
Yは苦笑しながら言った。
「あいつが死んでからなんだよ。食べても食べても満腹にならないのは……」
そう言って笑ったYの歯茎に、黒い髪の毛が絡みついていた。
虫歯やヤニではなく、髪の毛だった。
僕はそれから、Yの顔を直視できなかった。
[出典:587 :本当にあった怖い名無し:2006/11/27(月) 22:07:28 ID:27X+4T+D0]