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イヤホンの温度 rw+6,071-0114

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今でも、あのときのイヤホンの手触りを思い出す。

硬くて冷たい金属の先端が、指の腹に当たる感覚。
二十年以上経った今でも、あの瞬間の温度だけは消えない。

小学生の頃、僕は理科室の掃除当番だった。
理科室はいつも薄暗く、石灰と薬品が混じった匂いが染みついていた。薬品棚には白い粉の入った瓶が整然と並び、天井の蛍光灯は一本だけ、決まってちらついていた。昼休みの終わり頃になると、僕たちはそこで遊んだ。理由はなかった。ただ、教師の目が届かず、子どもだけが入り込める“余白”がそこにあった。

ある日、準備室の扉がわずかに開いていることに気づいた。
普段は鍵が掛かっていて、生徒は立ち入り禁止の場所だった。使っていたのは、定年間近の理科の先生だ。丸い背中に白髪。声を荒げるところを見たことがない、穏やかな人だった。

僕は深く考えず、ドアを押した。

中は狭く、窓のない部屋だった。
壁際に古い机が一つ、その上に小さなブラウン管テレビが置かれている。画面は消えていたが、イヤホンが刺さったままだった。その光景が、なぜか強く引っかかった。理由は分からない。ただ、それを使ってみたいと思った。

いたずら心だった。
リモコンを取り、電源を入れた。音量を上げた。
イヤホンから漏れた音が、いきなり部屋を満たした。

怒鳴り声だった。
ドラマの台詞らしいが、割れた音が耳の奥で弾け、心臓が一拍、空白になった。慌てて電源を切り、イヤホンを抜いた。そのとき、次に誰かが電源を入れたらどうなるかを想像した。背中に冷たいものが走ったが、同時に笑いがこみ上げそうになった。

誰にも見られないまま、僕は準備室を出て、扉を閉めた。

午後の授業中、胸の奥が落ち着かなかった。
期待と不安が交互にせり上がり、時間の感覚が妙に伸びた。やがて廊下がざわつき、断片的な言葉が耳に入ってきた。

理科室。
準備室。
倒れている。

放課後には噂が広がっていた。
先生が準備室で意識を失って見つかったという話だった。詳しいことは、誰もはっきり言わなかった。テレビが鳴っていたとか、音が止まらなかったとか、そういう言葉だけが曖昧に残った。

誰も、僕を疑わなかった。
僕も、何も言わなかった。

それから理科室に入ることはなくなった。
準備室の中を思い出そうとすると、耳の奥がざわついた。いつの間にか、あのテレビは学校から消えていた。

年月が過ぎ、僕は教師になった。
異動で配属された中学校で、初めて担当する理科室に足を踏み入れた瞬間、息が詰まった。壁の色、窓の位置、棚に浮いた錆の形。細部が、記憶の中の学校と重なった。

準備室の扉は、開いていた。

中に入ると、懐かしい匂いがした。
薬品と古い木材が混じった匂い。奥の机の上には、小さなブラウン管テレビが置かれていた。今ではほとんど見かけない型だ。画面は黒く沈み、側面からイヤホンが一本、だらりと垂れている。

手を伸ばした瞬間、指先が震えた。
金属端子の冷たさ。記憶と同じだった。

違う学校だ。
違う場所だ。
そう思おうとしたとき、耳の奥で音がした。誰かの声。言葉にならない割れた音。

反射的に手を引いたが、リモコンが手の中にあった。
拾った覚えはない。それでも、確かに握っている。指が勝手に動き、ボタンが沈んだ。

テレビが点いた。

映像はなく、黒い画面の中で砂嵐のようなノイズだけが鳴っている。その奥に、何かの気配があった。形ははっきりしない。ただ、こちらを向いていると分かった。

動こうとしても、足が言うことをきかない。
そのとき気づいた。耳に違和感がある。
いつの間にか、イヤホンが差し込まれていた。

音が、直接頭の中に流れ込んでくる。
懐かしい怒鳴り声。胸の奥に重なる鼓動。

気づくと、僕は笑っていた。

手はリモコンを握ったまま、音量を上げている。数字が一つずつ増えるたび、心臓の音がそれに合わせて大きくなる。やめたいのに、止められない。

画面の向こうの気配も、同じように揺れていた。

そして僕は理解した。
あのとき、準備室で終わったと思っていたものは、終わっていなかったのだと。

[出典:546 :2016/05/04(水)19:26:53 ID:mbS]

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