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短編 r+ カルト宗教

ご本尊は燃えない r+1,262

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生まれついて、もうすでに「信じていることになっていた」。

俺が何を信じているのか、なんて、考えたこともなかった。気づいたときには、あの金属的に黒光りする仏壇が、リビングの隅に鎮座していた。

親は学会員だった。いわゆる、生粋のやつだ。
どこかのタイミングで自分たちの意志で選んだらしい。宗教というより、もう「組織」と呼んだほうがしっくりくるような場所だった。

俺はそこに、ただ生まれ落ちただけ。
信仰なんてない。ないどころか、薄暗くて湿気臭い会館とか、合唱のときの妙に揃った拍手とかが、子供の頃から気持ち悪くて仕方なかった。

とはいえ、親の前ではそれなりにやってた。
座談会にも出たし、機関紙も配った。
「信心ってありがたいよねえ」とか言って、ニコニコしてた。
装うのは、得意なんだ。

それが崩れ始めたのは、大学で彼女と出会ってからだ。
最初はあんまり宗教の話はしなかった。なんかそういう話題になると、お互いに曖昧に笑って終わることが多くて。
でも、交際が深まって、結婚の話が出てくると、避けて通れなくなった。

最初に挨拶に行くのは、彼女の実家ということになった。
気が重かった。聞くところによると、彼女の父親は坊主のような厳格な人物で、しかも相当なコワモテらしい。

住所をナビに入れて、行ってみた。
着いた先を見て、腰が抜けそうになった。

そこ、まるごと「寺」だったんだよ。
本堂、鐘楼、山門、手入れされた庭。あきらかに、ただの家じゃない。
名前を見てさらにびっくりした。
あの学会が目の敵にしてる、浄土宗の本山の末寺だった。

とっさに車を少し離れたとこに停めて、携帯で彼女を呼び出した。
出てきた彼女は、泣いてた。

「学会のうちやって聞いてたから……言われへんかった……」

しゃくりあげながら、彼女は言った。
そのとき、俺は初めて、自分が生まれた家の「色」が、どれだけ重たいのかを思い知った。
俺自身は、そこに何の意味も見出していなかったけど、彼女にとっては、それこそ忌避の対象だったんだ。

結局その日は挨拶どころじゃなくなって、二人でファミレスに避難して、深夜まで話した。
彼女は俺を責めなかった。ただ、途方に暮れていた。

その日を境に、俺の中で何かが決まった。
抜けようと。全部、切ろうと。

正直に言えば、親も理解してくれるんじゃないか、という希望はあった。
甘かった。バカだった。

次の週末、両親に会って「脱会したい」と言った。理由も隠さなかった。
「彼女は寺の娘で、学会のことを心から嫌っている。だから俺は、抜ける」

言った途端、空気が凍りついた。

父親の顔が、みるみるうちに変わっていくのがわかった。
普段は温厚で、冗談をよく言う父だった。
その父が、般若のような顔で、唸るようにこう言った。

「……あの女に毒されたか」

母は何も言わなかった。ただ、無言で席を立ち、玄関に向かった。
戻ってきたときには、箒を持っていた。
そして、彼女の頬を平手で打ったあと、背中を箒で何度も叩いた。

彼女は叫びもせず、ただ泣いていた。
俺は動けなかった。今思えば、最低だった。

その日を境に、俺は家族と絶縁状態になった。
実家で数日を過ごしたあと、「考え直す」と言って下宿に戻った。
演技だった。俺はそのあいだに、逃げる準備をしていた。

卒論のゼミはブッチ。バイトを掛け持ちして、金を貯めた。
とにかく、両親が知らない土地に引っ越す。連絡も絶つ。全部、ゼロにする。

金が貯まったころ、卒論指導の名指し掲示が出された。
ちょうどいいタイミングだった。

俺は両親に、温泉旅行をプレゼントした。「大学に行かせてくれたお礼」と言って。
泣いて喜んでいたよ。あれが最後だった。

無人になった実家の前に、こっそり買った軽を横付けして、荷物を詰めた。
服、本、書類、そして仏壇と金属バット。

走った。下道で百五十キロ以上。
目的地は、どこかの浜辺。名前すら覚えていない。

夜明け前のその浜で、トランクから仏壇を下ろした。
黒光りしていた。電動式で、ボタンひとつで扉が開く。
あれが、俺の「生まれ」だった。

バットを振った。重たい音が鳴った。仏壇はびくともしなかった。
もう一度振った。今度はカドに当たって、バットが曲がった。

それでも、扉が開いた。
中から、あの紙製のご本尊が舞い上がってきた。白くて、薄くて、でもどこか血の匂いがした。

俺は、笑った。ひどく、バカみたいに笑いながら、ライターで火をつけた。
風に煽られながら、ご本尊は赤く燃え、灰になった。

そのときだ。浜辺の向こうで、誰かが立っていた。
白装束のようなものを着た影が、こちらを見ていた。

「おまえ……地獄に堕ちるぞ」

母の声だった。

幻覚だと思いたかった。
でも、車に戻ったとき、助手席に落ちていた紙袋の中に、黒い数珠が入っていた。
見覚えのあるやつだ。母がいつも使っていた、あの数珠。

十年経った今でも、あれがどうやって車の中に入ったのかはわからない。

娘が五歳になった。
彼女の姓を名乗って、寺の近くには住んでいない。

平穏に暮らしている……と言いたいけれど、夜になると、ときどき電話が鳴る。
出ても、誰もいない。
留守番電話には、風のような音だけが残っている。

だけど、ひとつだけ確かに聞こえたことがある。

「……信心が……足りないよ……」

今夜も、電話が鳴っている。

[出典:341:本当にあった怖い名無し:2013/07/23(火) 23:56:36.47 ID:SbAcZn8b0]

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