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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

#誤解陸上 n+

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今でも、あの走り出す直前の風の音を思い出すと、背中がじっとりと汗ばむ。

耳の奥で、あの奇妙な声がまだ囁いているような気がするのだ――「おまえの番だよ」と。

高校二年の秋、部活をやめてからしばらく無気力な日々が続いていた私は、何かしらの「役割」を欲していた。居場所というか、承認というか……今思えば、あれは焦りだったのだろう。ある日、ふと校内放送で聞こえた「陸上部、補欠の助っ人募集」という言葉に、なぜか胸が跳ねた。

別に足が速いわけでも、体力に自信があるわけでもない。ただ、名前だけでも名簿に載れば、多少は教師の目に留まるかもしれない。そんな下心があったのだと思う。

職員室の前で立ち尽くしていた私に声をかけてきたのは、妙に声の低い男の先生だった。細身の体に、無表情な顔。名札を見ると「天沼」と書かれていた。

「君、走れるか?」

何も答えないうちに、勝手に参加者名簿に私の名前が書き込まれていた。

競技は「駅伝」だったが、どうやら正式な大会ではなく、近隣の数校だけで行われる“交流試合”のようなものらしかった。ただ、奇妙なのはその日程で、日没後の夜間に開催されるという点だった。

「夜の方が集中できるだろう?」と天沼は笑った。乾いた音のしない笑いだった。


当日は校庭の隅に集合し、全員でマイクロバスに乗せられた。私を含め、補欠枠で寄せ集められた五人の生徒たちは、皆どこかぼんやりとした様子で、話しかけてもまともに返事がなかった。全員、顔色が悪かった。中には手のひらをじっと見つめ続けている者もいた。

バスは舗装されていない山道を進んでいた。窓の外はすでに真っ暗で、どこを走っているのか見当もつかない。街灯などまるでなく、車内灯が反射して窓に映る自分の顔が、やけに異様に見えた。

「着いたぞ」

天沼の声に我に返ると、そこは廃校だった。校門の表札が半ば外れかけていて、「○陽第二中学校」の「陽」と「校」の部分だけがかろうじて読めた。

「……ここでやるんですか?」

「そうだ。伝統ある場所でな」

天沼はうれしそうに笑った。あの乾いた、音のない笑いで。


スタート地点は、校庭の周囲に設けられた簡易トラックだった。蛍光灯の明かりが数本だけ点いていて、その下に懐中電灯を持った審判役らしき男たちが立っていた。全員、古びた学生服を着ているように見えたが、どこか様子がおかしい。顔が見えないのだ。いや、顔が“無い”ように見えた。

「これ、何かの演出ですか?」

そう口に出そうとした瞬間、背中を叩かれた。

「おまえの番だよ」

隣にいたはずの生徒は消えていた。代わりに、ぬるりとした感触の何かが私の腕に巻き付いていた。それがタスキだった。赤黒く、染みのようなものが点々とついている。妙に湿っていた。

「位置について――」

スタートの合図が聞こえるよりも早く、前のランナーたちが走り出した。私はただ、その背中を追うしかなかった。足が震えていた。走りながら、自分が何をしているのか、どこに向かっているのか、まったく分からなかった。

トラックを一周するたびに、周囲の景色が微妙に変わっていた。校舎の窓の数が増えていたり、地面に血のような染みが浮き出ていたり、照明が明滅したり。観客席らしき暗がりから、奇妙なざわめきが聞こえてくる。声にならない声。かすれた拍手。

そして、何よりおかしかったのは――

いつまで走っても、終わらなかったことだ。


息が切れ、足がもつれ、何度も転んだ。けれど誰も止めてくれなかった。タスキは外れず、まるで皮膚に溶け込んでいるかのようだった。血の味が口の中に広がっていた。

やがて、ふらついた拍子に私はトラックの外側に倒れ込んだ。地面は硬く、冷たかった。目の前に、倒れている人影があった。首のあたりが異様に凹んでいた。

「……あいつ、交代しやがったな」

誰かがつぶやいた。

その瞬間、タスキが外れた。まるで別の意思を持っているかのように、ぬるりと、地面を這うようにして誰かの腕へと移っていった。

ふと目を上げると、観客席の闇の中に、無数の目が光っていた。瞼のない、むき出しの眼球だけが、こちらをじっと見つめていた。


目が覚めた時、私は自分の布団の中にいた。夢だったのかと思った。だが、腕にはあのタスキの染みと同じ形の痣がくっきりと残っていた。

学校に行くと、例の補欠メンバーの名前が名簿から消えていた。担任に聞いても「そんな生徒は最初からいなかった」と言われた。職員室の名札からも、「天沼」の名前は消えていた。

ただひとつだけ、証拠のように残っていたのは、校舎裏の掲示板に貼られた古い新聞の切り抜きだった。

――昭和五十六年、夜間陸上大会中に生徒五名が不審死――
――指導教員・天沼教諭も行方不明のまま――

そこに写っていた写真の一番端に、走っている人物の後ろ姿がぼやけて写っていた。痣と同じ位置に、赤黒いタスキがはっきりと見えた。

それは、紛れもなく私の姿だった。

私はまだ、あのトラックの中を走っているのかもしれない。
いや、走らされていると言うべきか。

次の走者が見つかるまでは――

[お題出典:https://note.com/tarahakani/n/ncdcca740e5e0]

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