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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

赤いスカートの子 nw+560-0211

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あれは、小学六年の春先だった。

教室の空気は重く、窓を開けても湿気が逃げなかった。黒板のチョークの粉まで、肌に貼りつくような午後だった。

ナツミが「こっくりさんやろう」と言い出したとき、わたしはすぐに断った。

「やめなよ」

それだけ言って、ほかの子たちと一緒に教室を出た。怖かったのもある。でもそれ以上に、あの輪の中心に入りたくなかった。ナツミは、何かを始めるとき、必ず誰かを巻き込む目をしていたからだ。

校庭で鬼ごっこをしている最中、ひとりが泣きそうな顔で走ってきた。

「教室、変だよ」

戻ったとき、ナツミは床に座り込んでいた。背中を反らせ、喉の奥から掠れた声を出していた。口元は泡で白く、スカートの下は濡れていた。

紙は破れていた。十円玉は机の脚の近くに転がっていた。

わたしは入口で立ち尽くした。近づかなかった。触れていない。

ただ、ナツミの顔がこちらを向いた。その目が、まっすぐわたしを捉えた。

先生が来て、ナツミは保健室へ運ばれた。残った紙や机は誰かが片づけた。誰が十円玉を拾ったのか、覚えていない。

次の日、ナツミは来なかった。そのまま、戻らなかった。

転校とは言われなかった。引っ越しとも言われなかった。家はしばらくそのままだった。カーテンは閉まり、夜も灯りはつかなかった。

あの出来事は、いつのまにか話題にのぼらなくなった。わたしたちは卒業し、中学へ進み、それぞれの生活に散った。

三十代になったころ、「見た」という声が出始めた。

建売の内覧会。電車のホーム。夜のコンビニの前。

赤いスカート。肩で×になったたすき。丸い衿に刺繍のある白いブラウス。白いハイソックス。

どれも、小六のナツミのままだった。

目撃談は似ていたが、少しずつ違っていた。ある人は笑っていたと言い、ある人は無表情だったと言う。立っていただけという人もいれば、近づいてきたと言う人もいる。

ただ、ひとつだけ共通していた。

目が合った、ということ。

わたしは、まだ見ていなかった。

同窓会でその話題が出たとき、誰かが言った。

「ちゃんと終わらせなかったからじゃない?」

こっくりさんは、終わるときに礼を言う。それをしなかったのだろう、と。

わたしはうなずかなかった。あの日、わたしは輪の外にいた。呼んでいない。触れていない。

関係ない。

そう思っていた。

その夜、窓の外で金属のきしむ音がした。向かいのアパートの非常階段に、赤が立っていた。

赤いスカート。

顔は見えなかった。暗がりに溶けていた。ただ、視線だけがあった。わたしが見ていることを、向こうも知っている視線。

体が動かなかった。

逃げる理由がなかったからだ。

次の日、熱が出た。夢を見た。

教室の中央。破れた紙。十円玉。わたしは入口に立っている。中には入らない。入らないはずなのに、床に落ちた十円玉が、ゆっくりこちらへ転がってくる。

止まる。

わたしの足元で。

目が覚めたとき、足首が冷たかった。

その後も、何度か見た。非常階段。駅の向こう側。交差点の信号待ち。

でも、不思議なことに、毎回同じではなかった。

赤いスカートの子は、ときどき背中を向けていた。ときどき、顔が違った。髪の長さが違うと感じたこともある。

ナツミではないかもしれない、と思う瞬間があった。

それでも、目が合う。

そして、あの教室の湿気が、喉の奥によみがえる。

最近、ひとつ思い出したことがある。

あの日、教室に戻ったとき、わたしは言った。

「だからやめなよって言ったじゃん」

責めるように。

その声が、誰に向けられたのか、はっきりしない。

ナツミだったのか。
輪を囲んでいた子たちだったのか。
それとも、何か別のものだったのか。

こっくりさんを終わらせなかったのが原因だと、みんなは言う。

でも、もし終わっていたとしたら。

もし、礼もして、「お帰りください」とも言っていたとしたら。

それでも、あれは始まったのかもしれない。

呼んだのが誰なのか、わからない。

輪の内側にいた者か。
外で見ていた者か。
止めたつもりの者か。

わたしは、触れていないと思っていた。

でも、あの視線を受け止めた。

それだけで、足りたのかもしれない。

いまも、夜はカーテンを少しだけ開けて眠る。

見たくない。でも、見られているかもしれないから。

赤いスカートは、どこにでもある。

問題は、目が合うかどうかだ。

もし、どこかで、理由もなく同じ服装の子と目が合ったら。

そのとき、自分があの日の教室にいなかったと、言い切れるだろうか。

[出典:121 :可愛い奥様:2008/07/25(金) 12:43:47 ID:VPAaJ4Z/0]

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