学校で、女子生徒が一人、また一人と床に倒れていく。過呼吸を起こし、泣き叫び、中には聞き慣れない低い声を出す者もいた——。こうした「集団パニック」は、特定の地域や時代に限った話ではありません。日本でも海外でも、数年に一度のペースで報告され続けてきた現象です。多くは医学的に説明がつくとされながら、現場には決まって、もう一つの“語り”がついて回ります。霊を連れ帰ってしまったのではないか、というものです。
授業中、教室が崩れていく
ある学校で、授業中に一人の女子生徒が突然苦しみ出します。それを見た周囲の生徒が次々と過呼吸に陥り、わずかな時間で十数人が床に座り込む。教師がカーテンを引き、「気にするな」と落ち着かせようとしても、ざわめきは止まらない。やがて保健室に収まりきらない人数になり、救急車が呼ばれる。報告される集団パニックの多くは、おおよそこのような経過をたどります。
倒れるのは、ほとんどが女子生徒です。これは偏見ではなく、国内外の記録に共通して見られる傾向として知られています。社会経験の浅い若い世代、とりわけ女子児童・女子生徒のあいだで起こりやすい——そう指摘されてきました。
「霊感が強い子」という噂
こうした出来事には、しばしば一人の生徒をめぐる噂が残ります。最初に倒れた子は“霊感が強い”と言われていた、という話です。
これは作り話ではありません。2013年6月、兵庫県の県立高校で、休み時間に女子生徒が体調不良を訴えてパニック状態に陥り、その様子を見た生徒が次々と過呼吸を起こしました。1時間ほどのあいだに女子生徒21人が症状を訴え、18人が病院へ搬送、うち3人が入院する事態になっています。症状はいずれも軽いものでした。新聞各紙は「集団パニック」の疑いと報じましたが、一部の報道では、最初に発症した生徒が周囲から“霊感が強い”と言われていたと伝えられ、ネット上では「これはオカルトだ」といった反応が広がりました。同じ頃に「コックリさん」をしていたのではないか、という憶測まで飛び交いました。
ここで起きているのは、現象そのものよりも、現象を説明しようとする人々の語りです。理由のわからない出来事を前にしたとき、人は“説明”を欲しがります。そして学校という閉じた空間では、その説明はしばしば霊の方へと流れていきます。
語り継がれてきた“きっかけ”
テレビ番組やネットの掲示板では、集団パニックの“引き金”として、いくつかの不穏なエピソードが繰り返し語られてきました。
林間学校や山での行事から戻った翌日に教室が崩れた、という話。倒れた生徒が、低い男のような声で「殺してくれ」と叫んだという話。修学旅行先の宿で、押し入れに積み上げられていた硬貨を崩した生徒が最初に倒れた、という話。お祓いの最中に参加者が次々とパニックを起こした、という話——。共通するのは、その場に“持ち込まれた何か”を疑わせる筋立てです。
ただし、これらはいずれも出所のはっきりしない伝聞です。実際にそう報じられた事実はなく、「番組でそう語られた」「ネットでそう書かれていた」という域を出ません。山の行事は毎年行われていて特別なことは起きていない、と学校側が否定したケースもあります。怪談として面白いことと、それが本当に起きたことは、別の話です。
「集団心因性疾患」という名前
こうした現象には、れっきとした名前があります。集団心因性疾患、あるいは集団ヒステリー、集団パニックと呼ばれるものです。
痙攣、失神、過呼吸、めまい、突然の興奮といった症状が、はっきりした身体的原因がないまま、集団の中で連鎖的に広がっていく。学校の友人同士、寮の仲間、宗教コミュニティなど、結びつきの強い小さな集団で起きやすいことが知られています。人が無意識のうちに他人へ同調する性質が、症状を伝播させると考えられています。原因やメカニズムは、医学的にもまだ完全には解明されていません。
歴史をさかのぼれば、1962年に現在のタンザニアの寄宿学校で起きた“笑いの流行”が有名です。一人の生徒の冗談をきっかけに、159人中95人が笑いの発作に襲われ、症状は数時間から十数日続き、学校は約2か月の閉鎖に追い込まれました。マレーシアの学校でも、数百人規模のヒステリーがたびたび報告されています。原因不明のまま広がり、原因不明のまま収まる——それがこの現象の、いちばん落ち着かないところです。
説明がついても、消えないもの
集団心因性疾患という説明は、おそらく多くの事例に当てはまります。霊を持ち出さなくても、現象そのものは起こりうるのです。
それでも、その場に居合わせた人が感じた怖さは、医学用語では拭い去れません。なぜその子が最初だったのか。なぜ男の声だったのか。なぜ毎年無事だった行事の、その年だけだったのか。説明のつく現象のまわりには、説明のつかない“間”がいくつも残されます。
倒れた生徒たちはやがて回復し、教室は元に戻ります。けれど、その日見たものを誰かに話すとき、人はきっと「集団心因性疾患だった」とは言わないでしょう。「あれは、何かを連れて帰ってきたんだと思う」——そう語り継がれていくところに、この話のいちばん暗い部分があるのかもしれません。