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血の井戸、封じられた声 r+1,570

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中学の卒業アルバムの奥に、なぜかはさんであった黄ばんだメモを見つけた。

そこには、古びた手書きの字でこう書かれていた。

――水を飲ませろ。味を聞け。苦いなら、話すな。触れるな。命が惜しければ。

この文字を書いたのは、母方のひいばあさんだ。生前は「拝み屋」なんて呼ばれていた。表向きは穏やかな婆さんだったが、葬式のとき、顔見知りの住職が小声で「惜しい方でしたな……あの井戸はもう封印されましたか」とぼそりと呟いていたのを、いまもよく覚えている。

ひいばあさんの部屋には、天井近くに据えつけられた古い神棚があった。中央には龍の木彫りが収められていて、その下に小さな瓶が並んでいた。どれも井戸水だった。封印された裏庭の井戸から汲んで、神前に供えたもの。

あれは、ただの水じゃなかった。

十年ほど前のことだと、父から聞いた話がある。

その日は、日曜だった。午前中は寝たきりで、腰がひどく痛んでいたらしい。布団に横たわりながら、NHKの『のど自慢』を見ていたという。のどかで、ただ退屈な午後になるはずだった。

けれど、急に胸が詰まり、胃の奥から黒い靄のようなものが込み上げてきたそうだ。目の前の画面がぼやけ、音が遠のいていく。そして、空気のなかに「誰かがいる」と感じた。

見えないのに、確実に“誰か”が近づいてきていた。

神棚の前に座り、冷や汗をぬぐいながら手を合わせたそのとき、チャイムが鳴った。ひいばあさんは思ったという。

「来た」

ドアの向こうに立っていたのは、中年の夫婦だったそうだ。にこにこ笑って、穏やかそうな見た目をしていたという。でも、どこか妙だった。笑顔のまま、目だけが異様に濁っていたのだ。

「今日は具合が悪いんですよ」と断ろうとしたが、父が通してしまったらしい。仕方なく応接間に案内し、決まりどおりに例の井戸水を出した。

拝み屋の仕事をしていたとはいえ、ひいばあさんは、霊が直接見えたり、声が聞こえたりするわけではなかった。ただ、夢の中で神仏の姿を見たり、井戸水を介して「何か」を察知することがあるという。

井戸の水には、うちで祀っていた龍神の「徳」が宿っていた。悪しき者が飲めば、舌が痺れ、苦味を感じる。

夫婦は水を一口飲んだ。

すると、二人の笑顔が一瞬で崩れた。

「これは……何ですか」

妻が低い声で言った。夫は口元を押さえ、顔をしかめていた。

「ただの水だよ」

そう答えると、妻が唐突に怒鳴った。

「ふざけてるのか!薬でも入ってるんだろう!」

夫も椅子を蹴り倒しながら立ち上がった。

「舌が、舌が痺れて……これはおかしい!」

怒鳴り声は家中に響き、父が慌てて駆けつけた。ひいばあさんは冷静を装いながらも、心臓が跳ねるように早まっていたという。

この人たちは、「人間」じゃない。

話を聞くと、その夫婦はある神社の管理を代々任されていた家系だった。だが昭和五十年代に入ってから、神社の掃除も祭祀もやめてしまい、鳥居も社殿も崩れたまま放置されていたという。もう二十五年は何もしていないらしい。

「最近、身内が立て続けに死ぬんです」

夫の目が血走っていた。

「親戚が九人も……息子の子どもも、三人中ふたりが病気で死にました。これはもう、あの神社のせいだとしか……」

その神社には、平清盛と、崇徳院――つまり「大魔王」が祀られていたそうだ。

「祀る」というより、「封じる」ための社だったという。

平清盛が崇徳院の怨霊を封じるために建てたもの。歴史のなかで語られず、忘れられることで結界を維持していたのだろう。

けれど、管理が絶えたことで、封じたものが、もう“出てきている”。

ひいばあさんはすぐに悟ったという。

――これはもう、手遅れだ。

それでも一応、できるかぎりのことを調べ、線香を焚いて加持祈祷を試みたらしい。だが、夫婦は祈祷中も笑い、怒鳴り、突然泣き出すなど、感情が爆発した状態が続いた。

まるで、中に別のものがいるみたいだった。

「自分ではどうにもならない」

ひいばあさんはそう言って、夫婦を静かに帰した。その夜は神棚に祈りながら、何も食べずに明け方まで経を唱え続けたという。

三日後、電話があった。

夫が死んだ、と。

布団の中で冷たくなっていたらしい。妻は電話口で泣きながら言ったという。

「次は私だ。どうにかしてほしい……!」

ひいばあさんは、信頼のある真言宗の僧侶に依頼した。その僧侶は、二日後に電話をかけてきて、ひとことだけ告げた。

「……あれは、もう誰にもどうにもできません。封じたものを、解いたのは人間の業です」

中年夫婦のその後は誰も知らない。連絡も途絶えた。

神社は今も放置されたままだ。地元では地図にも載っていない。けれど不思議と、人が吸い寄せられる。

実際、あの神社の周囲では、年に何人もが自殺しているという。しかもわざわざ他県から、名前も知らぬ社に向かって、命を絶ちに来る。

血の呼び声だ。

ひいばあさんは、最後に笑っていた。

「……あれは、もう“人”に戻れないものだよ。あの夫婦の中身は、最初から“違って”たかもしれないね」

私はただ黙ってうなずいた。

その言葉の意味が、いまはなんとなくわかる気がする。

というのも――

あの黄ばんだメモを見つけた日、引き出しの奥からあの瓶が出てきた。割れて、中の水がにじんでいた。舌先に触れたとき、甘いのでも、しょっぱいのでもなかった。

……ただ、焼けた鉄の味がした。

[出典:452 :本当にあった怖い名無し:2009/10/01(木) 19:37:48 ID:aByUAmSIO]

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