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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

死者の愛 n+

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もう十年以上前のことになります。

祖母が亡くなったあの日、私は何も知らずに、大学の課題に追われながらコンビニでカップ麺を買っていました。帰り道の電話で、母の声が妙に震えていて、それだけで胸騒ぎがしたのを覚えています。

あの祖母です。
私をずっと「うちの孫」と呼び、母のことも本当の娘のように扱ってきた。笑うと目尻に三本、皺がくっきり寄って、まるで絵に描いたような「おばあちゃん」でした。

……でも、祖母は私の「本当の祖母」じゃなかった。
それを母から聞いたのは、葬儀が終わって三日ほど経った晩のこと。
通夜や葬式の間、忙しさと感情の嵐に飲まれて気づけなかったけれど、母の目がずっと濡れていたのは、祖母を失った悲しみだけではなかったのかもしれません。

母が言うには、自分には血の繋がった両親がいなかったのだと。
いや、正確には「いた」のだが、育ててくれた祖父母とは血の縁がなかった――。

母を産んだのは、若くして妊娠した女性だった。未婚のまま母を産み、たった一人で育てていた。周囲の目も、親族の圧力も、全部ひとりで跳ね返していた。でも、その身体はそんなに頑丈ではなかったらしい。
母が三歳になるころ、肺の病を患い、どうしようもなくなって、やむを得ず子供を「遠縁の夫婦」に預けたのだという。

その夫婦こそ、私にとっての祖父母になる。

「一時的に」のはずだったのが、実母はそのまま亡くなってしまった。
頼れる身内もいない、葬儀すら遠縁が形ばかり執り行ったと聞く。

祖母――いや、「育ての母」は、母を引き取ることにした。血の繋がりもない、ただの知人の娘を、本当に「自分の娘」にしてしまった。親族からも随分反対されたらしい。でも、母を手放したくなかったのだと言う。

「お母さんは、あの人に会ったことあるんだよ」
母が、しんとした部屋でぽつりと口にした。

あの人――つまり、母の実の母親。私にとっての「もうひとりの祖母」。
会ったのはたった一度、母を預かる際に病室で。すでに病は進行しており、話すこともできなかった。言葉の代わりに、ただ何度も何度も、母を抱いている祖母の手をさすっていたという。

「でもね……それだけじゃないんだよ」

祖母が、生前に母へ話してくれたという出来事がある。
まだ母が小さかったころ――祖母と一緒に布団に入っていた晩のこと。

いつものように添い寝をしていると、ふと気配を感じて顔を上げた。
そこには、誰かが座っていたのだと。布団の縁に腰掛け、母をじっと見つめる女。
顔はぼんやりとしか見えなかった。全体が白く霞んでいて、まるで水の中にいるような――現実の輪郭から、少しズレているような――。

祖母は、すぐにその女が「誰か」を悟った。
ああ、この子の、お母さんだ――と。

逃げようとは思わなかった。ただ、胸がしめつけられて、無言のうちに心の中で訴えたという。

「この子は、私が育てます。私たちが、幸せにしてみせますから」

女は、何も言わなかった。顔も変えなかった。ただ、やがて立ち上がると、音もなくふっと、影のように消えてしまった。

その話を母が聞いたのは、中学生の頃だという。
少し気が荒れて、夜遅く帰ってきたり、先生と揉めたりしていた時期。
祖母は怒るでもなく、その話をして聞かせた。

母はその時「泣きそうになった」と言っていた。
でも感動したわけではない。怖かったのだと。

「ぐれすぎて、実母に化けて出られたら困るでしょ」
そう言って、母は苦笑していた。

私は……なぜか、その話がずっと頭に残って離れない。
どこか作り話めいてもいたし、祖母の優しい嘘かもしれないとも思った。
でも、嘘にしては、妙に具体的で、生々しい。

その女の人は、本当にいたのか。
あるいは、祖母の見た幻だったのか。
それすら、今ではもう、誰にも確かめようがない。

祖父は今や認知症が進み、私の名前すら思い出せない。
母の実母の墓の場所も、直系の親族とはとうの昔に連絡が途絶えてしまっていて、どう調べても手がかりは出てこない。

だけど……一つだけ、確かに残っていることがある。

祖母の遺品を整理していたとき、小さな木箱の底に、古びた紙切れが一枚だけしまわれていた。そこには震えるような文字で、こんなふうに書かれていた。

――この子を、どうかよろしくお願いします。

その筆跡が、誰のものかはわからない。
けれど、それを読んだとき、不意に背筋が凍るような感覚が走った。
私はあの日、祖母が見たものを、少しだけ信じてみようと思った。

そして、もう二度と、母を悲しませるようなことはすまいと心に誓った。
たとえそれが、死者の呪いであったとしても……私は、怯えながら生きていくつもりはない。

そう、思っていたのに。

……先週、母が言ったのだ。
「最近、夜になると……誰かが、私の寝てる横に座ってる気がするの」

それを笑って流せるほど、私は肝が据わっていない。
祖母のように、心の中で何かを訴えることも、できない。

……今夜もまた、母の部屋の扉の向こうが、妙に静かだ。
静かすぎるほどに。

[出典:348 :可愛い奥様:2007/11/05(月) 22:41:02 ID:pRuKNY4d0]

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-短編, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚, n+2025

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