古くからの風習とか呪いとか、そういう類の話なので、現実的な恐怖ではないかもしれないけど。俺の実家近辺の話。
757 :本当にあった怖い名無し:2009/09/11(金) 01:10:00 ID:GzzUdT+a0
俺の実家周辺はかなり山深くて、いまだにケータイの電波も届かない。しかも全キャリアだ。
子供の頃はTVゲームもやらず、山で遊ぶしかない暮らしだった。
うちの親はそういうものの存在すら知らなかった。
日が暮れるまで山で虫を捕まえたり、基地作ったり。
当然、山なんで色んな動物も出た。
蛇、狸、それから猿。
特に猿は保護されるようになってからどんどん数が増えて、俺らが遊んでいてもすぐ近くで猿の姿を見たり、鳴き声を聞いたりしたもんだった。
猿はうちの集落にとっては厄介者だった。
畑を荒らす、家に入ろうとする、子供に危害を与えるかもしれない、等々の理由から、大人たちは(保護されてる事は知りつつも)止むなく自主的に猿の『駆除』をしていた。
駆除された猿は、全て『村の長老的ポジション』のジイさまの家に運ばれた。
子供の頃は、駆除の現場を見たことはなかったが、猿の死骸をジイさまの家に運んでいく大人の姿はたまに見かけた。
俺が高校三年のあるとき、ジイさまの家から俺にお呼びがかかった。
当時はもう自分の環境がいかに恵まれていないかじゅうぶんに認識していた頃だったんで、いかにも田舎臭い『長老』みたいな存在は嫌で嫌でたまらなかった。
でも俺の両親も必死な感じで、行ってこい、とうながすのでしょうがなく行った。
ジイさまの家に行くと、白装束を着たジイさまが正座をしていた。
何歳になった、勉強は頑張っているか、みたいな話をされたと思う。
そんなやりとりの後、ジイさまが奥の二十畳ほどもある広間に俺を連れて行った。
広間の中央には、気味の悪い死骸が転がっていた。
顔と大きさで何とか『駆除された猿』だって事はわかったが、猿は全身の皮を剥がされ、ミニサイズの着物を着せられていた。
一見するとキバの生えた、皮を剥がされた人間の子供だ。
死骸の周りには、ジイさまの取り巻き(ジイさまよりランクが低い年寄り連中)が集まって、なにやらヒソヒソと話している。
ジイさまは俺に「まだ十七歳だな」と何度も念を押した。
突然の展開にビビっている俺に、ジイさまの取り巻き達は、俺に白装束を手渡し、着替えろと言う。
取り巻き達の座った目線が異常に思えて、俺は素直にしたがった。
着替え終わると、取り巻き達は死骸を広間から庭へ運び、庭に設置された小さなやぐらにのせた。
「オンマシラの儀、南雲が長男、伊佐治」(俺の苗字と名前)
ジイさまが仰々しく言うと、取り巻き達が延々と名前を読み上げ始めた。
最初は何のことかわからなかったが、しばらく名前を聞いているうち、俺の先祖の名前を言っているのだとわかった。
最後に俺の名前まで言い終わると、ジイさまは手に松明を持ち、やぐらに火をつけた。
やぐらは燃えやすいよう、ワラや古新聞がしき詰められているようだった。
猿の死骸が着物もろとも燃えていく。
あたりに焦げ臭い匂いがたちこめ、その間中、ジイさまと取り巻き達はお経のようなものを唱えていた。
しばらくたって猿が十分に焼けたと判断したのか、取り巻き達は猿を火の中から引っ張り出した。
その後、焼けた猿と俺は広間に戻された。
広間ではいつの間にか宴席が準備されている。宴席の中央にお供え物をする台のようなものがあり、焼け上がった猿はそこに置かれた。
ジイさまがまず、台のまわりを一周すると、取り巻きの一人が猿を切り分け始めた。
ジイさまは俺に同じように一周するようにうながすと、切り分けられた猿の肉を喰い始めた。
俺が恐る恐る一周すると、ジイさまは俺にも猿を喰えと言う。
俺はもう限界で、ほんの少しだけかじった。
焦げた部分だけが口に入って、苦かったことしか覚えていない。
ジイさまは俺の喰った量が不満だったようで、もっと喰え、と迫ってきたが田舎じみた風習に付き合わされるのはもう嫌だ、と俺の中で怒りが爆発し、ジイさまの家を飛び出した。
その後、ジイさまが追ってくるようなことはなかったが、なんとなく近所からは、いい目で見られなかったように思う。
俺は高校を卒業して、他県の大学に進学した。
親は下宿に何度も足を運んでくれたが、俺が実家に行くことはなかった。
親もそれとなく「来るな」というオーラを出していた。
そんな親から、「帰って来い」と連絡が来たのは俺が他県に就職してから数年がたってからだった。
盆休みを利用して実家に帰ると、何も変わらない当時のままの風景があった。
ジイさまが死んだ、という話は帰省初日の夜に親から聞いた。
病死だったそうだが、死ぬ直前にふと俺の名を呼び、無事で生きているかを心配していたという。
当時は親にも聞けなかったが、思い切って『オンマシラの儀』について聞いてみた。
親いわく、大昔にこの集落の人間が山の神の使いである猿を殺してしまい、以来集落全体に猿の呪いがかけられてしまったと。
特に長老であったジイさまの家系は、今で言う奇形の子供が生まれるようになってしまい、呪いを解くためにあのような儀式をしていたと。
集落で生まれた子供が十七歳の時に、猿の呪いに打ち勝つように猿の肉を喰わせるという儀式で、親達も十七歳の時に猿を喰わされたと。
ただし、ジイさまの家系は一番強く呪いがかかっていたので、年齢を問わず、事あるごとに猿を喰っていたと。
そこまで聞いた俺は、儀式当時のジイさまを思い出していたが、ジイさまの顔は毛深く、赤みがかって、しわくちゃで、とても猿に似ていた。
猿を喰うことが呪いを解くことと信じていたようだが、喰うことで呪いを強めていたんじゃないか。
俺がそういうと、親もうなずき、ため息をつきながら言った。
「みんなそうだろうとは思っていたが、ジイさまには言えなかった。何代も前のご先祖様からずっとそのやり方を信じていたし」と。
また、続けてこうも言った。
「ジイさまは、猿の肉が好きだったみたいだしね」
俺はそれを聞いて、田舎ならではの保守的な考え方はうんざりするな、ということと、猿の肉の味を思い出そうとして、やめた。
万が一、おいしかった記憶が思い出されたら、ジイさまのように猿を求め続けるようになってしまうかもしれない。
それが怖かった……
(了)