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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

緑の空と六人目 n+

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十二月の半ば、吐く息すら結晶になりそうな寒さだった。

わたしはコスプレイベントに参加していた。地元の古い施設を貸し切ったイベントで、
天井の高いホールと、四方を壁に囲まれた中庭のような屋外スペースがある、ちょっとした撮影天国だった。

その日は四人で参加していて、皆でわいわい屋内で撮影を楽しんでいた。
屋外は寒すぎて、誰もまともに撮ろうとはしなかった。
とにかく冷える。笑っていても唇が震え、カメラを構える手はかじかむ。
だから屋内で過ごす時間が、自然と長くなる。

昼過ぎになって、お腹が空いたと誰かが言った。
わたしたちは受付へ向かったが、飲食は禁止されていた。屋内では、だ。
食べるなら中庭のテラスで、とのこと。
寒さを呪いながら、コートを羽織って外へ出た。テーブルに凍った空気が張りついていた。

弁当の湯気はあっという間に消えた。
友人三人は、大型併せの集合時間があるからと、先にテラスを出ていった。
わたし一人が残されて、ジュースをちゅうちゅう吸いながら、周囲のレイヤーたちを眺めていた。

鮮やかな衣装、真っ白なウィッグ、剣や杖。
この世ならぬ存在の群れが、まるで本当にこの場所に現れたような錯覚を覚えた。
そのうちに、一眼レフを取り出して、今日撮った写真を見返し始めた。
指先がレンズの感触に慣れ、シャッター音が記憶を呼び起こす。
撮ったばかりの画像を眺めながら、鼻の奥に残るウィッグスプレーの匂いをぼんやり感じていた。

……気づくと、周囲が異様に静かになっていた。

さっきまでいたレイヤーたちがいない。
あれだけ賑わっていたはずの中庭に、わたし以外の気配がない。
いや、寒いし皆中に戻ったのかもしれない。わたしがボーッとしてただけで、時間の感覚が狂ってたのかも。
そう思って立ち上がったその瞬間、身体がきしむような寒気に包まれた。

空が――緑だった。

本当の話。
雲も、太陽も、空そのものも、ぜんぶ濃くて濁った緑。
グラデーションなんてない。ベタ塗りされたような、絵の具の海に頭上が覆われていた。
目を閉じた。もう一度開けた。でも、やっぱり緑だった。
地面に落ちる影も、壁に反射する光も、緑のフィルターを通したように染まっていた。

心臓が打つ音が、耳の奥で跳ね返っていた。
喉の奥から、得体の知れない叫びが這い上がってきた。

わたしは走った。受付のある屋内へ。

でも、中に入っても……誰もいなかった。

さっきまで人だかりだった撮影セットは空っぽだった。
パイプ椅子が中途半端にずれていたり、三脚が倒れていたりして、
そこに確かに人がいた痕跡だけが残っていた。まるで、人間だけが消された世界。
鏡の中でだけ自分が生きているような、耐えがたい違和感。

逃げるように廊下を進んだ。スタッフルームを探そうとした。

そして、彼女に出会った。

白いカーディガン、青いブラウス、ジーンズの裾は軽く折られていた。
右腕に黄色い腕章のようなもの。何か文字が書いてあったが、読めなかった。
黒いサンバイザーを被っていて、顔は陰に隠れていた。

とにかく、人間だった。それだけで救いに見えた。

「すみません、何かあったんですか?」

彼女はわたしを見るなり、目を見開いた。顔色が変わった。

「……どうしたの!? なんで此処にいるの!」

その反応に、わたしも動揺した。
コスプレ姿のせいで驚かせたと思い、慌てて説明しようとした。

「イベントで来てたんですけど、気づいたら誰もいなくて……もしかして、迷われたんですか?」

彼女は微笑んだ。柔らかい、幼稚園の先生みたいな笑顔だった。
わたしの肩を軽く押して、近くのソファに座らせた。

そして、携帯電話を耳に当てたまま、静かに話し始めた。

「……うん、遭難者。……今年で六人目。いや、まだ若い子」

何の話か分からなかった。
わたしは遭難なんてしていない。寒空の下にいただけだ。
でも、彼女はわたしの目をじっと見ながら、安心させるようにうなずいていた。

通話が終わると、彼女は言った。

「怖かったね」

その言葉と同時に、肩にそっと手を当てられた。

その瞬間――世界が爆ぜた。
目の奥に花火が散った。音もなく、まばゆい光が脳の内側から破裂した。

気づくと、わたしはまたテラスにいた。
ジュースのパックを手にしたまま、さっきの姿勢で座っていた。
まわりにはレイヤーたちがいて、あの大型併せに向かったはずの友人たちも、楽しそうに撮影していた。

「……何だったんだ、あれ」

夢だと済ませるには、あまりにも現実的だった。
指先にはカメラの感触があり、心臓はまだ速く打っていた。

帰りのスタバで、わたしは何気なくあの話を友人にした。

「あー、それって“時空のおっさん”だよ。知ってる? オカ板にスレがあるんだけどさ」

そう言って、彼女はスマホでスレを見せてくれた。
「六人目」――その言葉がやけに現実味を帯びて、喉の奥で重たく響いた。

彼女は“おっさん”じゃなかったけど、美しい女性だった。
本当に、綺麗な笑顔だった。

それでも、あの緑の空は……今も瞼に焼き付いている。
何が「遭難」だったのか、結局わからないままだ。

けれども、あのまま戻れなかった人も、きっといるのだと思う。

[出典:344 :本当にあった怖い名無し:2011/02/01(火) 20:22:27 ID:7epRpRpk0]

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