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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

黒い気配は扉の隙間から n+

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あれが見えるようになったのは、いつからだったか。

はっきりと輪郭が浮かぶことはまずない。だけど、四十九日を迎えるまでの間、亡くなった人たちは、たまにこちらの世界を名残惜しむように漂っている。そんな気配が、ふとした瞬間に心に焼きつくのだ。
目で見るというより、脳裏に感光紙を押し付けられるような……言葉にならない像が、焼き付く。

ある日、知り合いのお父さんが急逝したと聞いた。生前の記憶は、一瞬すれ違っただけでほとんど残っていない。にもかかわらず、通夜の前の晩だった。薄暗い部屋の隅に、まるで「シルエットクイズ」のような人物が立っていた。ステテコ姿で、異様に特徴的な顔立ち。ぼんやりしてるのに、なぜかはっきり分かる。不気味に静かで、妙にくっきりとした“存在”。

翌日、御棺の蓋が開いたとき、息が止まりかけた。あの顔。あの体格。あれは夢でも幻でもなかった。ステテコの件については、怖すぎて聞けなかった。

でも、怖いというより、ただそこに“ある”だけ。表情も感情も何もない。まるで、湿った砂の塊みたいな、無機質な存在だった。
悲しさも、寂しさもない。ただ、どこかに戻る途中のような……そんな、地に還る前の“影”。

そう、影のような、曖昧で淡く、けれど確実に「いた」と分かるもの。
見えたときにはいつも、耳ではない耳で、何かを聴こうとする。でも、彼らに思考も声もなく、ただ虚ろに歩いているだけのような、そんな印象。

ただ、あの日だけは、違った。

あのときの“それ”は、完全に異質だった。

私がまだ学生の頃のこと。親の知り合いの夫婦がいた。歳が近かったこともあって、親しみを込めて「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と呼んでいた。たまに会えば優しくしてくれる、そんな程度の関係。
ある日、珍しくお姉ちゃんの方から「お茶でもどう?」と誘われた。平日の午後、共働きのその夫婦にしては珍しく、家にいる日だった。

部屋に着いて間もなく、旦那さんが帰ってきた。「あれ?今日は仕事じゃ……」と驚いていると、彼女が静かに言った。「葬式、行ってたの。彼女の」

“彼女”? 聞き返す前に、玄関の方から、どす黒い“何か”が這いずってきた。
心臓がギュッと締め付けられるような、裂けそうな動悸。声が震えて、言葉が出ない。「……何か、ついてる」ようやく絞り出せたのは、それだけだった。

旦那さんは、驚いたようにこちらを見る。手には葬式会場で渡された清め塩が握られていた。「じゃあ……かけて……」
言われるままに振りかけた。少なすぎた。まるで水を弾くように、何も変わらなかった。奥さんが塩の容器を持ってきて、床に広げるようにかけた。けれど、“それ”は、そこにいた。黒い影。女の気配。どす黒い執念。

「もう帰るね」と言って、その日は早々に辞した。

ところが、翌晩。携帯に鳴り響く着信音。画面にはお姉ちゃんの名前。こんな時間に? おかしいと思いながら出ると、震えた声で「今すぐ来て」。

玄関を開けた瞬間、怒鳴り声が飛び込んできた。まるで別人のようだった。旦那さんが、奥さんに罵詈雑言を浴びせている。皿が割れる音、壁を叩く音。
「何やってるの、お兄ちゃん?」声をかけた瞬間、こちらを見た目は、もう“人”じゃなかった。
濁っていた。腐った沼の底みたいに、黒く濁って、感情のない目。
声が不自然にうわずり、口調は早口で一方的。まるで誰かの“代弁”でもしてるみたいだった。

浮気を責められているはずなのに、怒り狂っていたのは彼だった。「どうしてあんな目で見るんだ……!」と、意味不明な叫び。私は黙って、部屋の隅に立っていた。

すると突然、バタリと倒れてそのまま眠ってしまった。酒なんて入っていないはず。誰が見ても、異様だった。
私が部屋に入ったとき、“それ”は一瞬動揺したように見えた。見えたわけじゃないけど、心がざわついた。“何か”が裂けるように離れた感じ。
奥さんはただ震えていた。目が真っ赤だった。何かを口にしようとするたび、舌がこわばっていた。

私はそれ以上、深く関わらなかった。親の友人、しかも家庭の問題に、部外者が入り込むべきじゃないと思った。
それに……私までついて来られたら困るから。

あの夜以降、私は彼ら夫婦と会うことはなかった。就職と同時に引っ越し、関係は途切れた。でも親はその後も付き合いを続けていて、ある日ぽつりと母が言った。

「あの人、だいぶ痩せたね……骨が浮き出てた。何があったんだろうね」

真相は聞かないことにした。何を聞いても、私の心にはまたあの夜の黒い気配がよみがえるから。

“彼女”は本当に、葬式の夜、彼のあとをついてきたのだろうか。
「嫉妬してたんだよ、奥さんに」母はそう言った。
生前に手に入らなかった“もの”を、死後の世界で、彼女は奪おうとしたのだ。

塩では、届かない執念もある。
私には、もうそれを祓う力なんて残っていない。
たった一度の、あの夜限りで充分だ。
心臓が割れそうになる怖さは、もう二度と味わいたくない。

[出典:16 :可愛い奥様:2011/05/19(木) 22:24:20.82 ID:4t9KI6Zi0]

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