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夜の交差点でSingを r+3,079

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僕が黒田に出会ったのは、高校一年の春だった。

政令指定都市ではあるが、華やかな都心から外れた、どこか時間が余ったまま固まったような街。
家から歩いて三分もすればローソンが三軒、どれも似たような光の色で夜を照らしている。
流行りの服を買おうと思えば、電車で三十分は揺られなければならない。
生まれ育ち、彼と顔を合わせることになったのは、そんな場所だ。

黒田──仮にそう呼ぶ。背が高く、肌の白い、少し線の細い少年だった。
話し好きで、いつも人の輪の真ん中にいて、笑い声と一緒に空気をかき混ぜていた。
音楽の話など一度もしたことがなかったから、あの夜の出来事には心底驚かされた。

体育祭が終わり、学期末の匂いが漂い始めた六月のある晩。
用事の帰りに繁華街を歩いていた僕は、横断歩道の向こうでギターを弾く人影を見つけた。
全力で歌うわけでも、派手にコードをかき鳴らすわけでもない。
ただ、腰をガードレールに預けて、淡々と指を動かしている。
信号が青に変わって近づくと、それが黒田だった。

驚きに顔を歪めた僕を見て、彼も同じ顔をした。
「バンドなんかやってるの?」と聞けば、
「そうでもないけど、夜ふらふらして弾くのが好きなんだ」と照れたように笑う。
せがむと、彼はカーペンターズの「Sing」を弾いてくれた。
思わず「うまいな」と口に出すと、秘密にしてくれと小さく言った。
僕は珍しくその約束を守った。

夏休み直前、友人に肝試しに誘われた。
動機は単純で、そこに好きな子が参加すると聞いたからだ。
噂の舞台は、繁華街の交差点──数ヶ月前に親子が事故死して以来、夜になると二人の姿が見えるという話だった。

その夜、十一時過ぎ。
向かう途中で気付いた。そこは、黒田がギターを弾いていた場所だったのだ。
幽霊など出るはずがないと思いながら交差点を見やると、案の定、ひょろりとした黒田の背があった。
彼を見つけた一行は興味津々で近づき、
「ここ、幽霊出るんでしょ?怖くない?」と笑いながら問いかける。
黒田は僕をちらりと見てから、「俺、何も見ないよ」とだけ言った。

その一瞬、背筋が冷たくなった。
彼がここに毎晩立っていることを知っているのは、この場で僕だけ。
なぜ僕を見たのか、その理由を考えると心臓が強く跳ねた。

家に帰ると、名簿を引っ張り出し、番号を探す。
震える指でPHSのボタンを押そうとした瞬間、階下から姉の声。
「黒田くんって子から電話!」
その時の恐怖は、後に幾度も味わうことになる怖さの中でも群を抜いていた。

受話器の向こうの彼は、普段通りの調子だった。
他愛もない話を続けた後、少し声を落として言った。
「お前にはもう一回見られてるんだよな。だから話すよ」

淡々と語られたのは、そこにいる「父親」のことだった。
小さな娘を腕に抱えたまま、助けを呼び続けている男。
自分が死んだことすら理解できず、ただ「娘を助けなければ」という思いだけが残ったまま。
目の前を通る人々に必死に呼びかけても、誰も応えてくれない。
それがどんな気持ちか、黒田は何度も繰り返した。

彼は毎晩そこに立ち、その父親に向かって嘘をつくのだという。
「もうすぐ救急車が来ますよ」「娘さんは助かりますよ」と。
何時間か経つと、男は泣きやみ、礼を言う。
だが翌日になると、また同じ叫びをあげる。
「だから、毎日あそこにいるんだ」
困ったように笑う声が、受話器越しに冷たく響いた。

翌日からも、黒田は何事もなかったように学校にいた。
ただ、僕は知ってしまった。
あの場所で彼が何をしているのか。
そして、普通の顔をして過ごすために、彼がどれほどの時間を夜に捧げているのか。

その後も彼は時々ギターを弾いていた。
曲は、あの夜と同じ「Sing」だった。

[出典:228 :本当にあった怖い名無し:2006/04/03(月) 15:32:12 ID:aOHQPdOQ0]

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