あれは、まだ義母と同居していた頃のことだった。
家に遊びに来てくれる友人がいた。彼女はいつもにこやかで、どんな嫌味にも軽く受け流すような穏やかな性格だったのに、その日は思いも寄らぬ言葉を口にした。
きっかけは、義母が私の妊娠に絡めて罵声を浴びせ始めたことだ。
「私は跡取りをこの手に抱きたいのよ」
義母がそう叫んだとき、友人は笑顔を崩さずにこう言った。
「お姑さんは、お孫さんを抱くことは出来ないと思いますよ」
静かな声だった。なのに部屋の空気を切り裂くように鋭かった。
その一言で義母は真っ青になり、逃げるように家を飛び出していった。
その後、夫の栄転で私たちは東京へ移り住むことになった。生まれた娘を、義母には一度も会わせていない。夫が、過去の暴言を思い出して激怒し、絶縁を選んだからだ。
……友人の言葉どおりになった。
それ以来、友人は時折東京まで遊びに来てくれた。そのたびにあの日のことを思い出し、彼女に尋ねるのだ。
「どうしてあんなこと言ったの?」
「当たってよかったよ」
彼女は笑ってそう言う。占い師として働く彼女にとって、あの言葉はただの直感だったのかもしれない。けれど、私には不思議でならなかった。
やがて娘も幼稚園に通い出したころ、義母はとうとう私たちの住所を手に入れた。親戚の誰かがお節介で漏らしたのだという。
ある日、突然家に押しかけてきた義母は、留守中に強引に侵入し、父の位牌を盗み出した。
「返して欲しければ孫ちゃんに会わせろ」
そう言って義実家に持ち帰ったと知ったとき、私は震えが止まらなかった。
翌日、夫と共に義実家へ赴き、位牌を返せと迫った。だが義母は涼しい顔で、
「もう捨ててきた。早く取りに行かないと大変なことになるかもね」
と嘲笑った。
私は真っ青になり、夫は怒りに任せて義母を殴った。だが捨てた場所を決して言わない。心臓が凍るような絶望の中で、携帯が鳴った。友人からだった。
「今取り込んでるの」
そう告げると、彼女はこう言った。
『それはお父さんの位牌の件じゃない?』
全身の毛が逆立つような感覚だった。
「そう!そうなの!」と答えると、彼女は落ち着いた声で告げた。
『今、義実家でしょ?持っていくから。絶対に手を出さないで待ってて』
その言葉を夫に伝えたとき、私たち夫婦は呆然とした。義母はさらに蒼白になり、息を詰まらせていた。
やがて友人が到着し、手に抱えていたのは、紛れもなく父の位牌だった。
「どうして……」
声が出なかった。義母は腰を抜かし、情けない悲鳴を上げた。
友人は義母の前に立ち、静かに告げた。
「不思議でしょう?『どうして私がこの位牌を持っているのか』って。簡単ですよ。彼女のお父さんが夢に出てきてくれたんです」
その言葉に、私は息が止まりそうになった。
父の顔が、脳裏に鮮明に蘇った。優しくて、少し不器用で、けれどいつも家族を案じていた父。
「昨日、夢に出てきて『ここにいるから助けて欲しい』とおっしゃったんですよ。嘘じゃないことは、あなたが一番ご存知ですよね?」
義母は口をパクパクさせたまま声が出ない。
友人は続けた。
「お父さんは怒っていますよ。『娘を苛め、孫にまで手を伸ばすのか』と。分かりますか? 彼女と孫はお父さんに守られているんです。……ついでに、私も一緒に」
義母は腰を抜かして失禁した。
夫は「二度と来るな」と怒鳴り、義実家を後にした。
その後、友人に事情を聞くと、彼女は淡々と語った。
夢の中で父が現れ、位牌の在処を示したという。山裾の藪の中――人が倒れても気づかれぬような暗い場所。父は「助けて欲しい。そして義母に伝えて欲しい」と頼んだのだと。
「次に手を出したら黙っていない、と仰ってました」
父が本当にそこにいたように思えた。涙が止まらなかった。
帰り際、友人は微笑みながら言った。
「近々、あなたたちにとって良い意味で家を移ることになると思いますよ」
その予言はすぐに的中した。夫が再び栄転し、首都圏へ引っ越すことになったのだ。
あれから義母は一度も姿を現していない。親戚によれば、すっかり怯えてしまい、私の友人を恐れているという。
きっと、あの場で「父に守られている」と突きつけられたことが、何より恐ろしかったのだろう。
私は今でも、夜、眠りにつく前に祈る。
――お父さん、見守ってくれてありがとう。
孫を抱かせることはできなかった義母の顔を思い出すたび、友人の笑顔と父の面影が重なって胸に迫る。
人は死んでも消えるのではない。
愛する者を守るために、きっとどこかで私たちを見ているのだ。
そしてその声を、この世に伝えてくれる人もいる。
それが偶然であれ、奇跡であれ。
私は、あの日の出来事を生涯忘れることはないだろう。
[出典:824 :本当にあった怖い名無し:2009/01/21(水) 16:41:24 ID:YArm0sWp0]