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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

祖母もいた nw+387-0616

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祖父が亡くなったことを知ったのは、葬儀が終わったあとだった。

そのころ私は引っ越したばかりで、携帯料金も払えず、親にも新しい住所を知らせていなかった。実家から何度も連絡が来ていたらしいが、私には届かなかった。

祖父は三年ほど病んでいた。

子どものころの祖父は、大きな人だった。背が高く、腹も出ていて、手のひらがやけに厚かった。無口な人で、叱るときも褒めるときもあまり言葉を使わなかった。泣いて帰った私を見ても、理由は聞かず、風呂を沸かして、顎で浴室を示すだけだった。

病院で見た最後の祖父は、別人のように小さかった。

私が「また来るね」と言うと、祖父は唇を震わせて、「ありがとう」と言った。その声だけが、いつまでも耳に残った。

それなのに、私は死に目にも会えなかった。線香もあげられなかった。

葬儀が済んだと聞いた夜、私は部屋の床に座り込んで、祖父の古い写真を胸に抱いて泣いた。何度も謝った。もう誰にも聞こえないのに、「ごめん」と言い続けた。

一年ほどしても、それは変わらなかった。

夜になると、写真立てを膝に置いていた。祖父の顔を見ていると、病院の白い壁や、痩せた腕や、絞り出すような「ありがとう」が順番に戻ってきた。

その夜もそうだった。

泣き疲れて、そのまま眠ったのだと思う。

カン、カン。

玄関の戸を叩く音で目が覚めた。

時計を見ると、午前三時を少し過ぎていた。部屋は暗かったが、玄関のすりガラスだけが、廊下の明かりで薄く白んでいた。

カン、カン。

遠慮がちな叩き方だった。

普段なら絶対に覗き穴を見る。チェーンも外さない。けれどそのときは、なぜか何も考えずに立ち上がった。

鍵を回した感触は覚えていない。

扉を開けると、外に二人立っていた。

一人は白い帽子をかぶった若い男だった。白いスーツを着ている。今の服ではなかった。古い映画に出てくる人のようで、襟の形も、ズボンの太さも、どこか時代が違っていた。

もう一人は、祖母だった。

祖母は普段と同じ姿をしていた。丸まった背中。薄いカーディガン。白髪を後ろで小さくまとめている。けれど、こちらを見ていなかった。私の横を通り越して、部屋の奥を見るでもなく、ただ男のそばに立っていた。

私は若い男の顔を見た。

知らない顔のはずだった。

それなのに、すぐに分かった。

「おじいちゃん」

声に出した途端、膝の力が抜けた。

私は玄関に座り込んで、何度も謝った。葬式に行けなかったこと。最後に会いに行かなかったこと。住所を知らせなかったこと。全部、自分のせいのような気がして、顔を上げられなかった。

祖父は若い姿のまま、少し困ったように笑った。

「もういい」

声は病院で聞いたものと違っていた。太く、澄んでいた。

「気にするな。泣くな」

そう言って、祖父は私の頭を二度、軽く叩いた。

子どものころ、私が何かを我慢できたときにしてくれた仕草だった。

私はもっと話したかった。どこにいたのか、なぜ若い姿なのか、祖母はどうして一緒なのか。聞きたいことはいくつもあった。

でも、祖父は玄関の外へ一歩下がった。

「もう行くから」

祖母は、やはり何も言わなかった。

祖父が振り返ると、祖母も同じ向きに体を動かした。二人の足音はしなかった。廊下の明かりの下で、祖父の白い服だけがぼんやり薄くなっていった。

扉が閉まる音がした。

私はそこで目を覚ました。

布団の上だった。膝には祖父の写真が落ちていた。夢だと思った。

けれど玄関の方から、冷たい空気が流れてきていた。

扉が少しだけ開いていた。

チェーンは垂れ下がっていた。鍵も開いていた。私は震える手でドアノブを握った。金属は外気で冷えきっていた。

数日後、実家に行き、祖母にその話をした。

祖母は驚かなかった。

「死んだ人はね、一番よかった頃の姿で来ることがあるんだって」

そう言って、古いアルバムを出してきた。

そこには、白い帽子をかぶった若い祖父が写っていた。背筋を伸ばして、少し照れたように笑っていた。私が玄関で見た男と同じ顔だった。

「じいちゃん、あんたが泣いてばかりいるから来たんだろうね」

祖母はそう言った。

私は写真を見ながら、黙っていた。

言えなかった。

あの夜、祖母も一緒にいた、と。

祖母はそのとき、私の前でお茶を淹れていた。いつも通りに湯のみを並べ、急須の蓋を押さえていた。もちろん生きていた。声も出していた。手も温かかった。

だから言えなかった。

それから、何年も経った。

祖父の夢は、今でもたまに見る。

白い帽子。白いスーツ。頭を二度叩く手。

目が覚めると、私は必ず玄関の鍵を確かめる。鍵は閉まっている。チェーンも掛かっている。ドアノブも部屋の温度と同じだ。

あの夜だけが違っていた。

最近になって、祖母の足が少し悪くなった。実家に帰ると、居間の座椅子に座ったまま、ぼんやり玄関の方を見ていることがある。

「誰か来た?」

そう聞くと、祖母は首を振る。

ただ一度だけ、私が帰り際に靴を履いていると、祖母が背中から言った。

「あんたのところ、まだ鍵は開く?」

私は振り返った。

祖母は私を見ていなかった。

玄関の外を見ていた。

(了)

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