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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間 ほんとにあった怖い話

覗き穴の向こう r+8,592

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俺が一人暮らしを始めたのは、まだ二十歳そこそこの頃だった。

小さな木造アパートの一階、六畳一間に台所と風呂トイレ付き。壁は薄く、上の住人の足音や、隣の部屋のテレビの音が丸聞こえだったが、それでも親元を離れたばかりの俺にとっては十分だった。
ただ、想像していなかったのは、勧誘やセールスの多さだった。新聞の契約、宗教の布教、よくわからない健康器具の販売……。とにかく玄関のチャイムが鳴るたびに、見知らぬ誰かが立っている。しかも連日。最初は律儀に応対していたが、あまりにもしつこいし、うんざりしたので、ある日を境に「事前に連絡がない訪問者には絶対に出ない」と決めた。

以来、チャイムやノックが鳴っても居留守を使った。玄関の覗き穴からこっそり確認するだけで、返事はしない。自分の生活を守るための鉄則のつもりだった。
だが、友人から意外なことで指摘された。学校で、いつもの連中と昼飯を食っていた時のことだ。
「昨日さ、お前んとこ遊びに行ったんだよ。でも全然出てこないんだもんな。無視すんなよな」
冗談交じりに言われたが、俺としては笑えなかった。自分では“自衛”のつもりだったが、気づけば友人すら締め出してしまっていた。のけ者にされたような悔しさが残り、それ以来、チャイムが鳴ったら、とりあえず覗き穴を覗くようにしたのだ。

そんなある日の夕方。授業を終えて部屋に戻り、コンビニ弁当をつついていた時にチャイムが鳴った。間髪入れずに「コンッココン、コンコン」とリズミカルなノックが続いた。聞き覚えがあった。あれは確かに友人が来るときの合図だ。俺は警戒もせず、確認もせずに、がちゃりとドアを開けてしまった。
そこにいたのは、見知らぬ中年男だった。にこにこと笑いながら「布団のクリーニングやってます」と言い出し、営業を始めた。最初は断ったが、男は全く引き下がらない。言葉巧みに話を続け、気づけばもう一人、影から別の男が現れた。二人で「無料診断だけでも」と玄関口を塞ぐように立ち、しかも片足を敷居にかけて、ドアを閉められないようにしている。
「必要ないから帰ってください!」
何度も繰り返したが、男たちはへらへらと笑っているだけで、まるで俺の言葉など耳に入っていないようだった。恐怖より先に苛立ちが募った俺は、思わず一人を軽く突き飛ばすようにして、勢いよくドアを閉めた。

心臓がばくばく鳴っていた。覗き穴から確認すると、そこにはさっきまでにこやかだった顔が貼りついていた。目が吊り上がり、口元が歪み、鬼のような形相でドアを睨みつけている。血の気が引いた。俺は思わず後ずさりした。あれはただのセールスマンじゃない。なにかもっとヤバい人種なのかもしれない。そんな不安が頭をかすめた。

間もなくして、ベランダ側から轟音が響いた。「ドカン!」と爆発に似た衝撃。驚いて振り返ると、カーテン越しに影が揺れた。恐る恐る隙間から覗くと、ベランダには漬物石ほどの大きな石が転がっていた。誰かが投げ込んだのだ。アパートは一階で、ベランダの先は駐車場に面している。石を投げ入れるのは容易だろう。だが、俺には確認する勇気がなかった。外を覗いたら、あのセールスマンと目が合う気がしてならなかった。

それ以来、週に一、二度はチャイムやノックが鳴った。俺はもう決して応対しない。だが先日、再びあのリズミカルなノックが響いた。あの「コンッココン、コンコン」という合図。血が凍った。これは友人のノックではない。あの布団屋のノックだ。仕返しに来たのか。そう思うと全身が硬直した。
ノックはしつこく続いた。やがて気になって、俺は忍び足で玄関に近づき、覗き穴を覗いた。
そこには――ドアにべったり張り付き、こちらを覗こうとするあのセールスマンの顔があった。まるで覗き穴から俺の目を覗き返そうとするかのように。あまりの異様さに、思わず声を上げてしまった。
「いるんだろ?ドアの向こうにいるんだろ?」
低い声が響いた。俺は慌てて部屋の奥に逃げ込んだが、心は落ち着かなかった。なぜなら、部屋の奥にはベランダがある。あの日、石が投げ込まれたベランダだ。カーテンを閉めていたが、もし開けたら、そこにあの顔があるのではないか……そんな妄想に取り憑かれた。手も足も震え、呼吸すら浅くなる。

結局、その夜は布団にくるまったまま朝を迎えた。それ以来、一人で部屋にいるのが恐ろしくなった。数日間は友人宅に泊まり歩き、あるいは自分の部屋に友人を呼び込んで誤魔化した。だが根本的な解決にはならない。アパートに帰れば、チャイムやノックがいつまた鳴るかわからない。覗き穴の向こうに、あの目が待ち構えているかもしれない。

時間が経つにつれ、恐怖はやがて別の感情に変わった。あの男たちは、もしかすると本当に生活に困っていたのではないか。俺は自分の苛立ちを彼らにぶつけた。それが彼らの逆鱗に触れたのかもしれない。セールスマンといえば、底辺の人間だと軽蔑していた。だが、後になって知った。多くの者は追い詰められて、やむを得ずそんな仕事に就いているのだと。
もし自分が同じ立場になったらどうだろう。必死でドアを叩き、しがみつくように勧誘をして、それでも拒絶されたら。俺のような若造に突き飛ばされ、侮辱されれば……怒りに震えるのは当然だろう。

だからこそ恐ろしいのだ。幽霊より怖いのは、生きた人間の恨みだ。奴らはまだ、この街のどこかにいる。俺の顔を、俺の部屋を覚えているはずだ。いつまたドアを叩かれるか、わからない。
そして俺は今でも、チャイムが鳴るたびに身をすくめている。ドアの向こうに友人が立っているのか、それとも……。

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