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見えるようになっただけ rw+2,082

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目が覚めた時、景色が違って見えた。

最初から異変だと断定できたわけじゃない。布団から起き上がった瞬間、天井の木目が異様なほど細かく、深く、意味を持って迫ってきただけだ。今まで何年も見上げてきたはずなのに、初めて観測する対象みたいに感じた。美しいというより、見過ぎてはいけないものを覗いたような感覚だった。

本当におかしくなり始めたのは、その数日前からだ。

後頭部の奥、こめかみの内側を、鈍い器具でじわじわとこじ開けられるような痛みが続いていた。鋭くはない。ただ逃げ場がない。痛みは目の裏に広がり、理由もなく涙が出た。夜中、枕元に積み上がったティッシュの量を見て、さすがに異常だとは思ったが、病院に行くほどじゃないと自分に言い聞かせてやり過ごした。今思えば、その判断が境目だった。

俺はもともと視力が悪い。生まれつきじゃない。子どもの頃、水ぼうそうをやったあと、右目だけ急激に見えなくなった。医者はウイルスが視神経に入ったんだろうと言った。それ以来、世界の半分は常に曇っていた。慣れてしまえば不便でもない。ぼやけた世界は、余計な情報を削ってくれる。

それが、ある朝、唐突に終わった。

視力検査をしなくても分かる。遠くの標識の文字が読めた。道端のアリが何を運んでいるかまで見えた。右目も左目も、同じ解像度で世界を捉えていた。夢かと思って自分の頬をつねったが、痛みは現実だった。

視力が戻ったのと同時に、他の感覚も変質した。壁越しのテレビの音が、言葉として理解できる。冷蔵庫を開ける前から、中にある食材の匂いが分かる。今まで俺は、感覚を削られた状態で生きていたのだと、遅れて理解した。

そして、妙な符合が起きた。

大学時代の友人にAという男がいた。視力が極端に悪く、分厚い眼鏡をかけていた。成績は良かったが、現実から半歩ずれているような言動が多く、卒業後は自然に連絡が途絶えた。

去年の夏、小さな美術展の会場で声をかけられた。

振り向いても、すぐには誰だか分からなかった。眼鏡をかけていなかったからだ。

「久しぶりだな」

声を聞いて、やっとAだと分かった。思わず視線が目にいった。

「お前、目……」

俺がそう言いかけると、Aは妙に落ち着いた表情で言った。

「見てるのは目じゃない。脳だよ」

冗談だと思った。だが、話を聞くうちに寒気がした。Aは数年前、中南米を旅していたらしい。詳細は曖昧で、部族だとか儀式だとか、断片的な単語しか出てこない。ただ、ある体験を境に景色が変わったと言った。

「理解したんだ。目はただの入力装置だって」

Aはそう言って、遠くのビルの壁に貼られた紙の文字を読み上げた。三〇〇メートルは離れていたはずだ。俺には輪郭すら見えない。冗談の域を超えていた。

「脳が補完する。見えない部分を、見るように書き換える」

その言葉を聞いた時、なぜかあの頭痛の夜を思い出した。Aの話と、自分の体験が同じ線上にある気がして、無理やり否定した。

俺は何も摂取していない。儀式にも参加していない。ただ、痛みがあって、目が覚めたら世界が変わっていただけだ。

それから、感覚はさらに研ぎ澄まされた。音の方向が立体的に分かる。匂いが層になって解析できる。人の香水から、その人の生活の癖まで想像できるようになった。

代わりに、現実が揺らぎ始めた。

部屋の形が微妙に歪む。光が不自然な角度で差し込む。人の顔の奥に、感情や記憶の残像のような影が見える。それは骨でも筋肉でもない。その人が積み上げてきたものの輪郭だった。

ある時、その影が自分の影と重なった。

鏡を見るのが怖くなった。映る自分の目が、知らない誰かのものに見える。光を反射しない。こちらを観察しているような視線だった。

Aから連絡が来たのは、その直後だ。

「もう戻れない」

短いメッセージだった。発信元の番号は、昔登録していたものと同じだったが、本当にAなのか確信は持てなかった。そもそも、あの美術展で会ったAが、実在していたのかどうかも、今では曖昧だ。

俺は見えるようになったんじゃない。見てはいけない階層に、アクセスしてしまっただけだ。

今は暗闇でも人の位置が分かる。壁の向こうに何があるかも想像できる。でも怖い。いつか、本当に見てはいけないものを、はっきりと見てしまう気がして。

願わくば、もう一度、ぼやけた視界に戻りたい。

あの頃、世界はまだ、優しかった。

[出典:586 :本当にあった怖い名無し:2021/03/26(金) 07:55:26.30 ID:zPVp5C0s0.net]

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