あれは五年前の夏だった。
俺はまだ中学生で、日が暮れるまで裏山でエアガンを撃ち合っていた。弾が切れれば、寺の石段に座ってペットボトルの水を回し飲みする。あの頃の世界は、汗と火薬の匂いだけでできていた。
その寺は、山の中腹にある。うちは代々の檀家で、法事のたびに本堂の畳に額を擦りつけてきた。だからこそ、あの「盗難」の日、空気が変わったのを肌で覚えている。
寺には宝物庫が二つある。仏像や古文書を納めた表の蔵と、もう一つ。普段は鍵が二重に掛けられ、誰も近づかない蔵だ。
盗まれたのは、後者だった。
翌日、檀家が総出で呼び出された。親父や近所の爺さんたちが、無言で本堂の奥へ消えていく。子どもは境内に残され、蝉の声だけがやけに大きかった。
数日後、裏山で従弟と遊んでいると、和尚が現れた。怒鳴られると思ったが、違った。
「お前とお前、来い」
本堂に通され、正座させられる。線香の煙が低くたまり、外の光がやけに白かった。
「あの蔵にはな、祓えん物を納めておった」
和尚はそう言った。
価値ある宝ではない。捨てれば何かが起きる。残しても何かが起きる。そういう物を、時間に晒しておく場所だったという。
ひとつは、銘を削られた日本刀。持ち主は、夜ごと自分が誰かを斬る夢を見るようになり、寺に押し付けた。
もうひとつが、金の像だ。
百五十年前の洪水のあと、俺の先祖が拾ったという。泥にまみれ、顔の判別もつかない像だった。仏に似ているからと、仏間に置いた。
その年、村の動物が死に始めた。続いて子どもが死んだ。半年で、一〇人が三人になった。
像の顔が、笑った。
最初は気のせいだった。だが笑みは深くなり、足元から赤い筋が浮き出た。まるで何かを吸って膨らんでいくように。
恐れた先祖は寺へ持ち込んだ。当時の住職は一目見て「祓えぬ」と言い、保管を決めた。
祈祷を始めたその夜、住職は本堂の奥で死んでいた。両目と耳から血を流し、口を開けたまま。
それ以来、像は「時間で薄める」しかないものとして、蔵に封じられてきた。
その像が、盗まれた。
和尚はさらに言った。
「近頃、こういう物を狙う窃盗が増えておる。国外に流れる」
どこの国かは言わなかった。ただ、続けた。
「呪物には相性がある。人と同じだ。集めれば、呼応する。縁のある者が触れれば、つながる」
俺は笑って言った。「遠くに行ったなら、関係ないじゃん」
和尚は首を振った。
「縁は距離ではない。見るだけで、知るだけで、触れたのと同じだ」
その時は、脅しだと思った。
だが最近、ネットで妙な記事を見た。原因不明の精神疾患。子どもが急増し、前頭葉が萎縮するという。
発生時期が、盗難と重なっていた。
証拠はない。偶然かもしれない。
だが、あの像がいまもどこかで置かれ、別の呪物と並び、誰かが写真を撮り、誰かが拡散し、誰かが目にしているとしたら。
俺も、こうして書いている。
和尚の言葉を思い出す。
見るだけで、縁になる。
あの像の顔を、俺は思い出せない。目も、口も、曖昧だ。
それでも確信している。
あれは、笑っていた。
そしてたぶん、今も笑っている。
俺が思い出すたびに。
――この文章を、読んでいる間も。
[出典:48本当にあった怖い名無し2009/05/24(日)04:11:21ID:B3+fEFe10]