あれは、たしか小学四年の夏休みだった。十五年経った今でも、忘れられない。
本当にあったんだ。全部。
当時、俺は山中ってやつとよくつるんでた。クラス替えで同じになったのがきっかけだったけど、そいつ、ちょっと変わってたんだ。
ゲームは親に禁じられてるって言って持ってなかったけど、代わりに妙に外遊びに詳しかった。
拾った棒で石を打って小川の向こう岸まで飛ばしたり、学校に見つかったら怒られそうな場所――例えば、下水の出口とか、鉄塔の真下――そういうとこばかり案内してきやがった。
それが逆に新鮮でさ、退屈知らずだったんだ。
山中は無神経なことは言わなかったし、いつも気を遣ってくれてた。
ただ、小遣いは持ってなかったから、飲み物やアイスはいつも俺の奢りだったけど、嫌な感じじゃなかった。
あの日もそうだった。
夏休みの中ごろ、いつもより遠出して、町外れの小さな神社まで行ったんだ。
人気のない、寂れた神社だった。社殿の扉は閉まったままで、神主の姿もない。
目当てはアリジゴクだった。山中が「社殿の下の砂にいる」って言い出して、二人で潜り込んだんだよ。
褐色の細かい砂にくぼみがいくつもあって、中央に指を突っ込むと、小さなアリジゴクが手のひらにくっついてくる。
アリを穴に落とすと、砂の中からハサミが伸びて、ガジッと捕まえる。
その光景に、しばらく夢中になった。
けど、さすがに飽きて、神社の裏手に回ったんだ。
そこは湿った雑木林になっていて、日も差さず、不気味なくらい静かだった。
社殿の柱に立てかけるように、大小バラバラの板が何十枚も積んであった。
山中がその一枚を手に取って言った。
「神社、作らないか?」
一瞬意味が分からなかったが、ああ、ああいう参道沿いにある小さなお社――摂社っていうのか、あれのことかって気づいた。
妙にワクワクしてな。
二人で板を土に埋めて、屋根を乗せて、即席の社を作った。
俺たちの背丈より少し小さいくらい。釘もテープもないけど、それっぽい形になった。
山中は次に「鳥居もいる」って言って、枝を拾ってきて立てた。
横木はつるで結んだ。できたときは、思わず「おおっ」て声が出た。
でも、山中は満足しなかった。
「御本尊、入れなきゃダメだろ」
言葉は間違ってるかもしれないけど、気持ちはわかった。
探しても、神様っぽいものなんて落ちてるわけがない。
諦めかけたとき、林の外れ――田んぼとの境目に、風化した地蔵様を見つけた。
顔もよくわからない、頭巾もボロボロ、雨ざらしの石像。
それを見た山中が「これにしようぜ」って言って、俺も頷いた。
重かった。息を切らせて、二人で担いで戻った。
社の中央に立てると、不思議とピタリと収まった。空気が変わったように感じた。
「お供えもしなきゃな」
そう山中が言って、手水舎の水で砂をこね、団子を作り始めた。
俺も真似して、泥団子を五つか六つ。仕上げに、アリジゴクを中に埋め込んだ。
地蔵様の前に積み上げて、パンパンと手を打って祈った。
何を願ったかは覚えてない。多分、テストの点とか、そんなもんだ。
そのときは、すごく充実してた。秘密基地を作ったような、妙な誇らしさがあった。
「鈴、つけたいな」
山中がそう言ったから、「家に小さいのがある」と答えた。
次の日。
例の神社に行くと、泥団子が崩れて、中に小指を突っ込んだような穴が開いてた。
「地蔵様が中身、食ったんじゃね?」
山中が笑ったけど、俺はアリジゴクが自力で逃げたんだと思った。
鈴をつけてヒモで鳴らした瞬間、どこからか声が聞こえた。
「た・り・な・い」
子どものような、でも冷たい声だった。
俺と山中は目を合わせて、「聞こえたか?」とお互いに言い合った。
冗談じゃなかった。怖かった。
お供えが足りないんだろう、ってことになって、駄菓子屋でお菓子を買って供えた。
でも山中、あからさまに不満そうだったな。
その日の帰り、家の前で婆ちゃんに呼び止められた。
「お前、どこぞで悪いもん背負ってきたな。肩に黒いのがのっとる」
「虫とりしてただけだよ」って虫かごを見せても、婆ちゃんは納得せず、仏壇の前に連れてかれて、一時間拝まされた。
次の日。
また神社に行くと、地蔵様の前に、猫の死骸があった。
小さな体中に、細い棒で突いたような穴が、無数に開いていた。
「お前がやったのか?」
俺がそう聞くと、山中は「拾ってきたけど、こんな穴開けてねえ」と言った。
お菓子の袋がそのままだったから、「猫を神様が選んだんだ」とか、山中は言ったけど、俺は気持ち悪くて、もう関わりたくなかった。
「なあ、プール行かね?」と誘って、山中も「たまにはいいか」って笑った。
そのとき、また――聞こえた。
「た・り・な・い」
俺たち、黙って顔を見合わせた。まわりに誰もいないのは分かってた。
自転車に乗って、逃げるようにその場を離れた。
家に戻って水着を取って、集合場所のバス停に向かったとき、パトカーと救急車が停まってて、サイレンが鳴ってた。
担架に乗せられた足が見えて、履いてたボロいズックが、山中のだった。
そのまま家に戻った。テレビも頭に入らなかった。
夜になって母親が帰ってきて、「近くで子どもが事故にあったって」と聞いても、俺は首を振った。
山中は、トラックの後ろを走ってて、積んでた鉄筋が落ちて、頭に突き刺さったらしい。即死だったそうだ。
婆ちゃんは帰ってくるなり、俺の顔を見るなり、「やっぱりな」と言って、また仏壇の前に座らせた。
二時間、正座。
それ以降、婆ちゃんは俺をひとりにしなくなった。宿題をさせて、小遣いを与えて、見張るようについて回った。
新学期までに宿題が終わったのは、あの夏だけだ。
山中の葬式には呼ばれなかった。宗教が違ったんだって。
誰も、本当のことは知らない。
……この話を人にするのは、今が初めてなんだ。
あの神社、どうしても気になって、夏休みが終わってしばらくしてから、ひとりで見に行ったんだ。
裏に回ると、鳥居も社もきれいに消えてて、板もなかった。
でも、地蔵様だけは残されてた。
そして、以前は風化していたその顔が……ほんの少し、笑っているように見えた。
そのとき、不意に思ったんだ。
――ああ、「足りた」んだな、って。
[出典:66 :1/12:2020/08/15(土) 01:18:52.34 ID:y3BXYe+r0.net]