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深夜の幻影行進 r+2,915-3,179

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高校三年の夏、親友と二人、自転車で百キロ先の海を目指した。

動機といえば退屈を払いたかっただけで、きっかけも気まぐれにすぎなかった。日常から逃げるように漕ぎ続け、波打ち際で砂まみれになり、夕暮れには疲れ果てていた。金も計画もなく、帰るあてもなく、やがて辿り着いたのは片田舎の無人駅だった。

夜気は湿っていた。駅前のベンチに横たわったが、木の板が背に食い込み、蚊が耳を刺して眠れやしなかった。新聞紙を頭にかぶり、足を折り曲げて体を小さくまとめる。疲れで目は重いのに、汗と痒みでまともに寝入ることができない。友人は隣で大きな寝息を立て、こちらを置き去りにして深く沈んでいた。

どれほどの時間が過ぎたか分からない。ふと目を開けると、空気は異様に冷えていた。数分前まで耳を包んでいた蚊の羽音がぱたりと消えている。残ったのは改札口の蛍光灯から洩れる「ブーン」という電気の唸りだけ。眠気の底で「蚊も寝たのか」と馬鹿げたことを思った記憶がある。その時、焦げつくような匂いが漂ってきた。

焚き火だろうか、と首を傾げる。けれど駅前に人影などない。火事を知らせるざわめきもない。にもかかわらず、焦げ臭さは確かに鼻を刺してくる。熱はなく、煙もない。匂いだけが浮遊し、胸の奥に妙なざわめきを残した。急いで友人を起こそうとしたが、彼は泥のように眠っていて肩を揺すっても反応がなかった。仕方なく自分の体を丸め直し、薄い眠気に再び沈もうとした。

遠くから列車の走行音が響いてきたのはその直後だった。深夜を過ぎた時間に列車など来るはずがない。工事用かと考えもしたが、耳に届くその音はどこか霞がかり、近づいてくるのに迫力がなかった。普通なら金属が震わせる轟きが体に伝わるはずだ。それが一切なく、まるで幻を遠くで聴いているかのようだった。

背筋に氷のようなものが這い上がる。思わず友人を叩いて起こそうと身を起こしかけた瞬間、その音がぷつりと切れた。そして代わりに、すぐ近くから足音が聞こえてきたのだ。乾いた靴底の音ではない。足を引きずるような、地面を擦るような重さを含んだ音。それに混じって囁き声もする。笑いではない。楽しげな調子では決してなかった。低く湿った囁きが複数重なり、意味を結ばないまま絡み合っていた。

心臓が硬直する。逃げ出すべきだったが、体は動かず、新聞紙を少しめくって様子を窺うしかできなかった。月明かりの下、列をなして歩いていく数十人の人影が見えた。だが腰から上は霞のように消えている。膝から下だけが、足音とともに確かに存在していた。

彼らの装いはばらばらだが、共通しているのは汚れた皮のブーツと薄茶のズボンだった。手には麻袋や風呂敷を抱える者もいる。肩から下げるのではなく、無理に引きずるような姿もあった。声を交わすことなく、全員が駅の奥へと向かって歩き続けている。

時間の感覚は曖昧だった。ひとり、またひとりと目の前を過ぎてゆく。新聞紙の下から固唾を呑んで見守ることしかできない。列の最後の影が過ぎ去った時、不意にあの列車の走行音が戻ってきた。遠くから聞こえ、やがて遠ざかる。その余韻とともに静けさが戻り、虫の声、遠くの車の唸りがよみがえる。焦げ臭さも跡形もなく消えていた。

意識が戻ったのは、耳元で蚊の羽音が再び響いた時だった。慌てて友人を揺り起こしたが、彼は眠気眼で「何を言ってるんだ」と鼻で笑うばかり。必死に説明しても、夢と現実を取り違えているのではないかとまともに取り合ってくれなかった。

翌朝、地元の人にそれとなく尋ねてみた。「昔、この辺りで何かあったのですか」と。けれど誰も特別な事件や伝承を語らない。ただの小さな駅で、戦時中も空襲もなかったという。肩透かしを食らったように感じつつも、あの装いと匂いを思い出すと、どうしても兵隊の群れを連想してしまう。

あれは戦地へ向かう列だったのか。あるいは敗れて帰る途中だったのか。答えは分からない。だが確かに彼らは、途絶えた列車の幻とともに、今もレールに沿って移動を続けているのだろう。いつまでも行き先を定められずに。

[出典:114 本当にあった怖い名無し 2005/08/30(火) 07:27:58 ID:NgP+M1S10]

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