高校三年の夏、親友と特に明確な目的も持たず、自転車で約100km離れた海まで行くことにした。
普段の退屈な日常から抜け出したかったのと、遠くの海を見るという単純な願望が動機だった。ただの気まぐれで計画した旅行に過ぎなかったが、どこか冒険心を感じさせるものであった。
無計画で金銭的にも余裕がなかったため、ある夜は片田舎の駅で一夜を明かすことにした。駅前のベンチで寝ようとしたが、背中が痛く、蚊がうるさくて眠れなかった。しかし、自転車を漕ぎ、海で遊び疲れ切っていたため、移動する気力も湧かず、新聞紙をかぶってなんとか眠ろうと試みた。
どのくらい時間が経過したかは分からないが、気が付くと異様に寒さを感じた。さっきまで耳元で聞こえていた蚊の羽音も、いつの間にか消えていた。駅の改札前にある外灯の「ブーン」という音だけが静寂の中で響いていた。半ば寝ぼけて、「蚊も寝たのか」と思った記憶があるが、その時、焦げたような匂いが漂ってきた。
「こんな時間に焚き火?」と訝しく思ったが、もちろんそんなことはなく、火事でもなかった。焚き火のような焦げた匂いに、胸騒ぎを覚えた。特に驚くような状況ではないはずだったが、この静寂と焦げ臭い匂いが相まって、不安感が急激に増していった。友人を起こそうと思ったが、彼は深い眠りに落ちていて、小声ではまったく反応がなかった。自分自身も体が痛み動くことが億劫で、再び眠りにつこうと頭を横にした。
おそらく1分ほどが経過した頃だろうか、遠くからかすかに列車の走行音が聞こえてきた。深夜を過ぎたこの時間に列車が走るのか?と奇妙に思った。「こんな時間に列車が通るのは聞いたことがない」と感じたが、工事用列車か何かだろうと考えた。しかし、よく耳を澄ましてみると、その列車の音は妙に遠く、霞がかったように聞こえ、駅に列車が近づけば本来聞こえるべき音の迫力が全く感じられなかった。
その時、背筋に冷たいものを感じ、友人をどうしても起こさなければと思った。しかし、その瞬間、列車の音が突然止まり、代わりにベンチのすぐ近くから足音と囁き声が聞こえてきた。何を話しているのかは分からなかったが、その雰囲気から楽しげな話ではないことが伺えた。足音も普通に歩いているのではなく、まるで足を引きずっているかのようであった。
本当は飛び起きて逃げ出したかったが、新聞紙を少し持ち上げて、足音の方に視線を向けた。そこには、列をなして駅の方向へと歩いていく数十名の人影があった。しかし、その人々の姿は膝から上が透けており、上半身は全く見えなかった。
恐怖で体が硬直してしまったが、逆に顔を隠してしまうと周囲で何が起こっているのかがわからなくなると思い、ひたすら観察を続けた。足音の主たちはどうやら全員が男性のようで、汚れた皮のブーツに薄茶色のズボンを履いていた。そして、大きな麻袋や風呂敷のような荷物を持っている者もちらほら見受けられた。
何分が経過しただろうか。最後の人影が目の前を通り過ぎた瞬間、再び列車が動き出す音が聞こえた。その音が遠ざかるにつれて、周囲の静けさも徐々に元に戻り、虫たちの鳴き声や遠くを走る車の音が再び聞こえ始めた。焦げ臭さも、いつの間にか消え去っていた。
新聞紙を半分かぶったままぼんやりとした状態でいたが、耳元で再び蚊の羽音が響き始めたところでようやく我に返り、友人を起こしに行った。しかし友人は、さっきの出来事については何一つ知らず、「はあ?」と半信半疑であり、こちらの説明にもまともには取り合ってくれなかった。
翌朝、地元の人々にそれとなく「古い話だが何か知っていることはありますか?」と話を聞いてみたが、その地域で特に変わった事件や歴史があるわけでもなく、自分が体験したことと駅との関連性は見いだせなかった。しかし、あの時の雰囲気からすると、戦時中もしくは戦後の兵隊たちのような印象を受けた。もしかすると彼らは、列車のレールに沿って今でもどこかへ向かって移動し続けているのかもしれない……
(了)
[出典:114 本当にあった怖い名無し 2005/08/30(火) 07:27:58 ID:NgP+M1S10]