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間違い電話の正解 rw+5,106

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先日、私が一人で残業していた夜のことだ。

時刻は七時半を少し回った頃だったと思う。工場の機械は止まり、事務所には蛍光灯の白い光と、私のキーボードを叩く音だけが残っていた。街外れの山裾にある小さな町工場だ。この時間になると、外を通る車もほとんどない。

突然、電話が鳴った。

「はい、○○工業です」

「おう、サンジか?」

しわがれた老年の男の声だった。「サンジ」という名に覚えはない。うちの番号は、近くのタクシー会社と一桁違いだ。間違い電話は珍しくない。

「いえ、違いますよ」

「んぁぁ?」

ガチャ、と一方的に切れた。

ため息をつく間もなく、また鳴る。

「ああ、サンジか?」

「違います。タクシー会社は×××―××××です」

「んぁぁ?」

また切れた。

三度目の着信で、私は苛立ちよりも妙な違和感を覚えた。受話器の向こうの声は、さっきと同じはずなのに、距離が近い。受話器越しではなく、すぐ背後で囁かれているような湿り気があった。

「ああ、サンジか?」

その瞬間、衝動的に口が動いた。

「そうです。何でしょうか」

数秒の沈黙。

「おお、サンジか。じゃあ今からそっちに行くからな」

通話はそこで切れた。

胸の奥が冷える。そっち、とはどこだ。ここがどこか、相手は知っているのか。

私は着信履歴からリダイヤルを押した。

「もしもし」

若い女性の声が出た。

事情を説明すると、怪訝そうに言う。

「うちに男性はいませんけど。電話も、今は誰も使ってません」

確かに発信履歴は残っている。だが彼女は「気味が悪いからやめてください」と言って切った。

その直後だった。

事務所のガラス戸が、内側にへこむほど強く叩かれた。

ドガッ、ドガッ、ドガッ。

反射的に振り向く。外は暗く、人影はない。だが音は、確かに扉そのものから響いている。

二度目の衝撃で、ガラスがびりびりと震えた。

恐る恐る近づいた瞬間、戸の死角から、顔が滑り出てきた。

皮膚が赤黒くただれ、溶けたように垂れた男の顔だった。片腕がだらりと下がり、動いていない。なのに、衝撃は続いている。腕ではない。足でもない。体のどこも動かさずに、扉だけが内側へ歪んでいく。

「サンジ」

口が動かないまま、声だけが聞こえた。

私は凍りついた。鍵はかけていない。開けられる。

だが、男は入ってこない。ただ、叩き続ける。まるで中にいる誰かを確認するように。

その時、電話が鳴った。

社長だった。

事情を告げると、社長は静かに言った。

「神棚の酒を額と首に塗れ。神棚を開けて、ご神体を見せろ」

理由は聞かなかった。指示どおりにするしかなかった。震える指で酒を取り、額と首に塗る。神棚の扉を開けた。

次の瞬間、外から鈍い破裂音がした。

それきり、音は止んだ。

ガラス戸の向こうには何もない。ただ、内側から押されたように、わずかに歪んだ跡だけが残っていた。

翌朝、社長は言った。

「ああ、やっぱり出たか」

それ以上は多くを語らなかった。ただ、あの場所は昔から“通り道”だとだけ言った。だから壁の中に札を混ぜた、と。

後日、私は個人的にその霊媒師を訪ねた。

彼は言った。

「通り道を塞ぐと、溜まる」

何が、と聞く前に、彼は続けた。

「通れないものは、通れる形を探す」

あの夜、私が「そうです」と答えたことを思い出す。

あれが通れる形だったのか。

最近、残業中に電話が鳴ることがある。受話器を取ると、何も聞こえない。ただ、向こうで扉を叩くような低い振動音だけが続く。

私はもう名乗らない。

だが、受話器越しに、ときどき囁きが混じる。

「サンジか」

それが誰の名なのか、まだ知らない。

[出典:411 1/5 sage 2010/07/07(水) 23:07:24 ID:cQdVfgkq0]

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