小学校のころからの友人がいる。
少し変わったやつだった。人と同じことを嫌い、急に黙り込み、突然まじめな口調で説教じみたことを言い出す。中学に上がってから、同じ趣味をきっかけに一気に距離が縮まった。
ある日、放課後の教室で、彼が言った。
「行きたい場所に行く方法、知りたくないか」
冗談だと思った。だが彼は笑わなかった。
「紙を四つに分ける。四隅に貼る。それだけでいい」
それ以上は教えてくれなかった。
「やるなら、一人でやれ」とだけ言った。
夏休みが始まった。
何も起きなかった。少なくとも、私はそう思っていた。
休み明け、彼は学校に来なかった。もともと不登校気味だったから、深く考えなかった。一週間後、心配になって家を訪ねた。
玄関を開けたのは彼だった。
普通に立っていた。普通に笑った。
ただ、目が合った瞬間、知らない人間を見ている気がした。
「久しぶりだね」
口調が違った。ゆっくりで、丁寧で、慎重だった。
あいつはもっと雑だった。もっと乱暴に笑うやつだった。
部屋に通されたとき、違和感の正体がわかった。
壁の四隅に、小さな紙が貼ってあった。
白い、何の変哲もない紙。
何も書いていない。
「片づけ忘れててさ」と彼は言った。
私はなぜか、その紙を直視できなかった。視界の端で、黒い滲みのようなものが見えた気がした。
帰り際、彼は玄関まで見送ってくれた。
「行けなかったね」
唐突にそう言った。
「どこに」
と聞き返したが、彼は首を傾げただけだった。
その日から、彼は毎日学校に来るようになった。
成績も上がり、教師の受けもいい。以前の衝動的な言動は消え、穏やかな優等生になった。
周囲は「よかったな」と言った。
私だけが、落ち着かなかった。
ある晩、自室のドアを閉めようとしたとき、指先に違和感があった。
四隅のうち、一か所だけ、わずかに浮いている。
薄い紙だった。
私はそんなものを貼った覚えがない。
はがそうとした瞬間、背後から声がした。
「やるなら、一人でやれ」
振り向いたが、誰もいない。
紙は、はがれていなかった。
最初から何もなかったように、壁はまっさらだった。
それでも、その日から、部屋の隅が暗く見える。
あのとき、彼が言った。
「行けなかったね」
あれは、私に向けた言葉だったのかもしれない。
今、これを書いている机の上にも、四つの角がある。
さっきから、ひとつだけ、視界の端で揺れている気がする。
見ないほうがいいのは分かっている。
でも、確認しないと、もう行ってしまったことになる。
[出典:70 :本当にあった怖い名無し:2021/08/04(水) 17:53:54.23 ID:/vvQh2LC0.net 2BP(1000)]