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視線の往復 rw+2,017

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放課後の公園に、スーツ姿の男が立っていた。

小学校六年の春先。桜は半分散り、砂場の縁に花びらが溜まっていた。ドッジボールをしていた俺たちは、誰かの「お前に似てる」という声でいっせいに振り向いた。

入口の脇。三十前後の男が、無表情でこちらを見ていた。

顔が、俺だった。

髪の分け目も、目の形も、左頬の小さなホクロまで同じだった。違うのは、着ているのがスーツだということだけ。

男は動かない。ただ、俺の目だけを外さずに立っている。

声をかけてくるでもない。笑いもしない。怒りもしない。ただ、見ている。

友達のざわめきが遠のいた。音が薄くなる。ボールが地面に落ちた音だけがやけに大きく響いた。

目を逸らせなかった。

やがて男は、ゆっくりと踵を返した。出口へ向かう。歩き方まで、見覚えがあった。

その日の夜、母は笑った。「ドッペルゲンガーでも見たんじゃないの」。俺も笑った。そういうことにした。

十年後、俺はスーツを着ていた。

都内の小さな会社で営業をしていた。毎日同じ電車、同じ改札、同じ自販機。変わらない日々の中で、あの公園のことは、いつしか思い出話になっていた。

事故は、通勤途中だった。

バイクで転倒し、二週間意識が戻らなかったらしい。その間、俺はずっと夢を見ていた。

あの公園に立っている。

夕暮れで、ブランコが軋んでいる。砂場では子どもたちがドッジボールをしている。その中に、いた。

小六の俺。

笑って、走って、汗を拭っている。あの日と同じ服だ。

俺は動けなかった。ただ見ていた。

あちらの俺が、ふと顔を上げる。友達と一緒に、こちらを見る。ざわめきが止まる。空気が薄くなる。

視線が絡む。

あのときと、同じだった。

胸の奥がざわつく。「帰らなきゃ」と思う。どこへかはわからない。ただ、ここにいてはいけない気がした。

俺は踵を返し、出口へ向かった。

目が覚めたのは、病院だった。

母が泣いていた。医師が何か説明していた。事故当日、俺はスーツ姿だったという。

十年前、公園に立っていた男も、スーツだった。

俺はそれ以上、考えないことにした。因果だの時間だの、答えはどこにもない。ただ、俺はそこにいた。それだけだ。

それから数年後、居酒屋でこの話をした。

同級生のひとりが言った。

「うちの母さんも、似たようなことがあった」

大学一年の頃、実家の前で中年の男に声をかけられたらしい。家をじっと見ているから不審に思い、「どちら様ですか」と聞いた。男は「すいません」と頭を下げて去った。

顔に見覚えはない。でも、なぜか懐かしかったという。

その男は、のちに結婚する相手――つまり彼の父親に、よく似ていたそうだ。

しかも、その男は耳に小さな機械を当てていた。当時はまだ携帯電話など一般的ではなかった。

俺たちは酒を飲みながら笑った。

笑いながら、同時に、黙った。

もし時間がやわらかいのだとしたら。

もし死にかけた瞬間や、生まれる前のどこかで、境界がほどけるのだとしたら。

あの日、公園に立っていたのは、本当に俺だったのか。

あるいは。

あのとき見ていたのは、小六の俺のほうだったのか。

いまでも、ときどき夢を見る。

夕暮れの公園。砂場の向こうに、スーツ姿の男が立っている。

顔は、まだはっきりしない。

ただ、こちらを見ている。

俺は、目を逸らせない。

[出典:349 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2015/05/29(金) 22:23:32.82 ID:raWmT7VO0.net]

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