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シューベルトの口 r+1,616

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小学校三年生の秋、あの教室で見たものを、いまだに忘れられない。

四十年以上経った今も、シューベルトの顔を正面から見られないのは、そのせいだ。

当時、愛媛県の某市に住んでいた。
通っていた小学校は、第二次ベビーブームの波に呑まれて、やたらと人であふれていた。
一学年に八クラス、各クラス四十人近く。廊下を歩けば、擦れ違う肩が絶えずぶつかるほどだった。

校舎は三階建ての鉄筋コンクリートが三棟、さらに木造二階建ても加わり、渡り廊下で全てが繋がっていた。
廊下を歩くだけで、どこか別の建物へ迷い込むような錯覚を覚える。

問題の音楽室は、南から二番目の校舎の三階、一番東の端にあった。
東の壁いっぱいに、古今東西の作曲家の肖像画が、規則正しく整列していた。
バッハ、ベートーヴェン、シューベルト……十数枚はあっただろうか。
どれもB四判ほどの厚紙に水彩で描かれ、縦長に貼られていた。
視線を上げると、眼差しがこちらをなぞってくるように見える。

霊感などないはずなのに、その部屋に入ると背筋が妙に重くなる。
カーテンを開け、蛍光灯を全灯しても、なぜか薄暗く感じられた。
背中をじっと見張られているような、皮膚の裏に爪を立てられるような感覚。
理科室や保健室の薬品の匂いとは違う、もっと生ぬるい何かが鼻に絡みつく。

最初は気のせいだと思った。
だが、授業のたび同じ感覚が繰り返され、友人たちに話すと、同じように感じている者が何人かいた。
音楽の先生に訴えても、「気のせい」と笑い飛ばされる。
それでも何度も訴えたが、取り合ってもらえず、やがて音楽そのものが嫌いになった。
しかも授業は一時間目。朝から気分は沈んだままだった。

季節は移ろい、秋が深まった頃。
その日も一時間目は音楽だった。まだ数人しか来ていない音楽室に入ると、窓際の自分の席へ道具を置いた。
すると、教室の後方から女子数人の悲鳴じみた声がした。
振り返ると、彼女たちは床を指差し、怯えた顔で後ずさっていた。

足早に近づくと、白っぽい小さな芋虫のようなものが転がっていた。
その周囲には、濃い赤色の液体がぽたりぽたりと乾きかけている。

目を凝らした瞬間、喉がひゅっと詰まった。
それは指だった。人間の、小指。
色白で、爪もついている。断面には白い芯のようなもの――骨が覗いていた。

怖い、というより、理解が追いつかない。
なぜこんなものがここに?
授業前に誰かが置いた? それとも精巧な偽物か?
だが、においが、生々しい。鉄のような匂いが鼻腔を満たす。

視線が赤い液体の跡へ吸い寄せられた。
床にぽたぽたと垂れているのではなく、引きずられたような筋が壁へ向かって続いている。
壁に達すると、その筋は垂直に上へ……。

嫌な予感が全身を走った。
やめろ、と頭が命じたのに、目は勝手に跡を追ってしまった。
そして見つけた。

シューベルト。
壁の高い位置に貼られたその肖像画の口から、赤い液体が垂れていた。
紙が湿り、唇の端がわずかに膨らんでいるように見える。
その瞬間、声が漏れ、数歩後ずさった。

あの高さに、三年生の自分たちが手を届かせることは不可能だ。
ということは――あの指は、シューベルトの口から、壁を伝い落ちてきた?

気づいたクラスメイトが先生を呼びに走った。
駆けつけた先生は一目見るなり顔色を失い、そのまま教室を飛び出した。
授業は中止になり、学校全体がざわついていた。
ひょっとすると警察が来ていたのかもしれない。

翌日、音楽室を覗くと、肖像画は一枚残らず外されていた。
床の指も赤い跡も消え、まるで最初から何もなかったように。
理由を尋ねても先生は答えず、「この話はあまり口にするな」とだけ言った。

その後、あの音楽室での授業はなくなり、別の部屋で音楽を学んだ。
あの部屋の空気の重さも、もう感じなかった。

だが今でも、テレビや本でシューベルトの顔を見るたび、唇から赤い液体がこぼれ落ちる光景が、鮮明によみがえる。
それはもう、音楽ではなく、血の匂いがする顔なのだ。

[出典:99 :シューベルト:2022/03/12(土) 13:55:23.48 ID:L2zLOUTS0.net]

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