埼玉県に住む五十代の主婦、秋山さん(仮名)から聞いた話。
彼女がまだ高校生だった頃のこと。通っていた学校は、山間にひっそり建つ県立高校で、全校生徒も三百人ほど。教室の窓からは杉林が一望でき、冬になると霧が降り、廊下にまで靄が流れ込んでくるような、どこか現実から隔てられたような場所だった。
秋山さんのクラスに、ふたりの男子生徒がいた。ひとりは目元が細く、どこか頼りなげな雰囲気の子で、いつも古びたお弁当箱をそっと抱えていた。もうひとりは、がっしりとした体格で、スポーツバッグのような大きな弁当をモリモリ食べる、いかにも健康そのものといった印象の子だった。特に親しいというわけでもなく、互いに話すこともほとんどないのに、なぜか席が前後で隣同士にされていた。
ある日、霊感が強いと噂の別のクラスの女子が、ぽつりと呟いたという。
「あのふたり、いつも後ろに何かついてる」
気になったクラスメイトたちが問い詰めると、女子は躊躇いながらも口を開いた。細い子の背後には、裃を着た侍が直立不動で控えており、太い子の背後には、うねうねと天井にまで伸びるような、黒々とした龍のようなものが見えるのだという。
当初は誰も信じていなかった。しかし、それから奇妙なことが起こり始めた。何も言葉を交わさないはずのふたりの背後で、激しく何かがぶつかり合うような、見えない闘争が続いていると、教室の空気がざわざわし始めた。
黒板のチョークが突然割れたり、天井の蛍光灯がバチンと音を立てて消えたり、あるいはカーテンが誰もいないのに勢いよくめくれたりするのは、決まってふたりが揃って登校している日だった。
秋山さんは、その頃を思い出しながらこう語った。
「午前中はね、龍が勝ってた。空気が重くて、吐き気すらしたのよ。でもね、昼休みに入ると一度ピタリと収まるの。多分、弁当の時間だけは休戦だったんだと思う」
細い子はいつも申し訳程度の白米と梅干しだけの小さな弁当。太い子は、母親の手作りらしい唐揚げや卵焼きがぎっしり詰まった弁当を、嬉しそうに頬張っていた。
そして午後になると、再び空気が張り詰める。だがその日は、なぜか様子が違ったという。
午後の授業が始まって間もなく、教室の隅で「エイエイオー!」という、明らかに場違いな声が響いた。誰の声か分からない。だが、その瞬間、細い子が小さく肩を震わせながら机に突っ伏した。
次の日、彼は学校に来なかった。それからも、来なかった。
数日後、担任から「家庭の事情でしばらく休学する」とだけ伝えられた。が、彼が再び教室に戻ることはなかった。
以来、太い子の背後にいたという黒い龍の姿は、霊感のある女子にも見えなくなったという。
秋山さんは言う。
「思い返すと、あの子たち……本人たちじゃなくて、何か別のものが争ってたのよね。あれが“守護霊”だったのか、あるいは“因縁”だったのか、今でも分からない」
ふたりの間に直接的な因縁があったとは思えない。ただ、何かしら、太古から続くような血の流れや信仰の系譜が、偶然あの教室に交差してしまっただけのように思えた。
秋山さんが最後にこんなことをぽつりと漏らした。
「細い子の家、神道系だったって聞いたわ。でも、太い子の家……あそこ、蛇神を祀ってるって有名だったのよ」
勝ち鬨をあげたのは、果たして誰だったのか。
勝った者の背後にいたものは、果たして、何だったのか。
[出典:434 :可愛い奥様:2007/12/03(月) 23:07:08 ID:WJlJWTjY0]