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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

弁当箱が増える子 nw+

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秋山さんは、今でも昼休みの匂いだけは忘れられないと言う。

埼玉の山あいにあった県立高校。冬になると霧が廊下を流れ、杉林の影が教室の窓に貼りついたまま動かないような場所だった。

二年のとき、クラスに前後の席で並ぶ男子がいた。ひとりは痩せていて、古いアルミの弁当箱をいつも机の右隅にきちんと置いた。もうひとりは体格がよく、大きな二段弁当を音を立てて平らげる。ふたりはほとんど話さない。だが、なぜかどの時間も、どの教科でも、席替えのたびに前後に収まった。

ある日、別のクラスの女子が教室の戸口で立ち止まり、低い声で言った。

「あのふたり、背中が重なって見える」

それ以上は聞かなかった。誰も詳しく説明を求めなかった。ただ、その日から教室の空気が揃わなくなった。

午前中、黒板の文字がやけに滲んだ。教師の声が遠く、机の脚が床を擦る音だけが大きく響く。誰も何もしていないのに、後ろの壁に掛かった時計が遅れることがあった。

昼休みになると、それが止まる。

弁当を開く時間だけ、教室は静かだった。痩せた子は白米に梅干しだけを黙って食べ、太い子は唐揚げを頬張りながら笑う。その間、誰もふたりを見ないようにしていた。見てはいけないものを横目で確認するような感覚が、クラス全体にあった。

午後になると、また空気がずれる。

ある日、四時間目の終わりに、教室の隅から「エイエイオー」と小さな声がした。応援団のような調子だったが、誰の口も動いていなかった。

その直後、痩せた子が机に伏せた。眠ったのかと思ったが、顔を上げたとき、目が合わなかった。こちらを見ているのに、焦点がどこにもなかった。

翌日から、彼は来なくなった。

担任は「家庭の事情」とだけ言った。席は空いたまま、学期が終わるまで誰も座らなかった。太い子は何も変わらず、同じ量の弁当を食べ続けた。ただ、昼休みの匂いが少し変わったと秋山さんは言う。

梅干しの酸っぱさがしなくなった。

それからしばらくして、太い子の弁当箱が一段増えた。三段になり、四段になった。量は増えていないのに、容れ物だけが重なっていった。誰も理由を聞かなかった。

卒業間近のある日、秋山さんは偶然、彼の家の前を通った。玄関先に、細長い白木の箱がいくつも並べて干してあった。弁当箱に似た形だったという。

今になって思う、と秋山さんは言う。

「あの子たち、争ってたんじゃないのよ。片方が、もう片方を食べてただけ」

どちらが先に始めたのかは分からない。ただ、昼休みだけが静かだった理由を考えると、あれは休戦ではなかったのだと思う。

秋山さんの孫が通う小学校でも、最近、前後の席でいつも並ぶふたりがいるらしい。ひとりは痩せていて、ひとりはよく食べる。

「今度、授業参観に行くの」と彼女は言った。

昼休みに。

[出典:434 :可愛い奥様:2007/12/03(月) 23:07:08 ID:WJlJWTjY0]

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