あの婆さんを、店の誰も知らなかったと聞いたのは、何年も後のことだ。
けれど俺は、その人の家へ行った。
菓子を食べ、話をして、また店へ戻ってきた。
平成の始め頃、俺は小学一年生だった。
親父は、近所のスーパーに入っていた鮮魚店で働いていた。刺身の盛り合わせがよく売れ、母まで手伝うようになったため、二人が帰宅するのはいつも夜八時を過ぎた。
俺を一人で留守番させるわけにもいかず、鮮魚店のバックヤードに小さな机とテレビ、スーファミが置かれた。
学校が終わると、家ではなくスーパーへ帰る。
それが俺の日常だった。
最初は秘密基地みたいで楽しかったが、じきに飽きた。店内を歩き回り、八百屋の隣で売り子の真似をしたり、常連客を眺めたりして時間を潰した。
その中に、ひどく目立つ婆さんがいた。
七十歳くらいだったと思う。
顔の片側が、熱で溶けたように崩れていた。片目は潰れ、口の脇には小さな穴が開いていた。その穴は、瞬きをするたび、目と一緒に閉じたり開いたりした。
初めて見たときは、さすがに声が出なかった。
だが、何度も見かけるうちに慣れた。
婆さんはよく一人で買い物に来た。俺が遠巻きに見ていても怒らなかった。そのうち向こうから声をかけてくるようになり、俺も普通に話すようになった。
冬休みに入ると、魚屋は年末の客で身動きが取れないほど忙しくなった。
両親は夜十時を過ぎても仕事をしていた。
俺は毎日のように聞いた。
「今日は早く帰れる?」
「一緒にごはん食べられる?」
そのたびに母は、忙しそうな顔で言った。
「今日も遅くなるから、裏でゲームしてなさい」
そんなある日、婆さんが俺を手招きした。
「清助くん、退屈なら、お婆ちゃんちへ遊びに来るかい」
俺はすぐに「行く」と答えた。
親に何と言ったのかは覚えていない。
そもそも、何か言ったのかどうかも思い出せない。
婆さんについて商店街を抜け、住宅街の一軒家に入った。
家の中には、ほとんど何もなかった。
がらんとした和室に、ちゃぶ台が一つだけ置かれていた。婆さんは飲み物と菓子を出してくれた。
俺はずっと聞きたかったことを口にしかけた。
「おばあちゃん、その顔――」
婆さんは笑って遮った。
「ああ。これかい」
戦争のとき、爆弾で焼かれたのだという。
片目は見えなくなった。
その代わり、見えなくていいものまで見えるようになった。
婆さんはそう言った。
「清助くんが寂しいことも、わたしの顔をずっと見ていたこともね」
それから、声を少し落とした。
「火事には気をつけるんだよ」
長く話したはずなのに、覚えているのはその言葉だけだ。
スーパーへ戻ると、俺は母に言った。
「ただいま。あの婆ちゃんちに行ってきた」
母は作業の手を止めずに答えた。
「そんなことどうでもいいから、裏で勉強かゲームしてなさい」
正月、家族と叔母で鍋を囲んだ。
誰かの足がガスホースに引っかかり、鍋が倒れた。外れたホースからガスが噴き、コンロの火が一気に走った。
大事には至らなかった。
けれど俺は、婆さんの言葉を思い出していた。
火事には気をつけるんだよ。
年が明けると、婆さんは店に来なくなった。
初売りの日も、その次の日も現れない。
俺は一人で、婆さんの家へ行った。
中は空だった。
もともと何もない家だったが、以前とは違っていた。畳も柱も乾ききり、長い間、誰も住んでいなかったように見えた。
それきり、婆さんには会っていない。
数年後の盆休み、親戚が集まった席で、ふと思い出してその話をした。
顔の崩れた婆さん。
鮮魚店の常連客。
冬休みに家へ招かれたこと。
両親も叔母も、黙って聞いていた。
やがて三人とも、同じことを言った。
「そんな客、知らない」
見れば忘れられない顔だった。
何度も店に来て、俺と話していた。
それなのに、誰も知らないと言う。
母に、あの日のことを覚えていないかと聞いた。
俺が店へ戻ってきて、「婆ちゃんちに行ってきた」と話した日のことだ。
母は少し考えてから、首を振った。
そんな話を聞いた覚えはない、と言った。
俺がいちばん怖いのは、婆さんの正体ではない。
小学一年の俺が、年末で混み合う店を抜け、知らない家へ行き、菓子を食べ、また店へ戻ってきた。
その時間を、家族の誰も覚えていない。
俺だけが、まだ持っている。
[出典:674 :本当にあった怖い名無し@\(^o^)/:2017/08/18(金) 07:18:41.36 ID:W6Su2EFy0.net]