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的場浩司のテンシンキアクリョウキョウ/聞いちゃいけない歴史的都市伝説 rw+5,277-0322

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そのノック、三回目だけ場所が違う

これは、テレビ番組『やりすぎ都市伝説』で紹介されたエピソードをもとにした話だ。
奇妙な伝承の数々が語られる中でも、この話は特に不気味で、人々の記憶に焼き付いているらしい。

この話は、聞いた日のうちに誰かへ渡さないとよくないらしい。

そう言ったのは、大学時代の友人だった。出張先のビジネスホテルからの電話で、時刻は午前一時を回っていた。普段は冗談ばかり言う男なのに、その夜は妙に息が浅く、背後の物音を気にしているのが声だけでわかった。

「今からする話、最後の言葉だけは覚えないほうがいい」

最初にそう言っておきながら、あいつは結局その言葉まで口にした。

昔、戦地で、腹の大きい女に食べ物を渡した兵隊がいたという。オレンジだったとも、干からびたパンだったとも言われている。ただ、次にその女を見たときも、そいつはまだ女の手の中にあったらしい。兵隊は返せと言った。女は断った。それだけのことなのに、その晩から兵隊の泊まる場所には決まって三度、ノックが鳴るようになった。

一つ目と二つ目で声を出した者は、朝まで生きられない。
三つ目まで黙っていた者だけが、いちおうは朝を迎える。
ただし、何も失わずに済んだ者はいない。

古参兵のあいだでは、返事の代わりに使う妙な文句が伝わっていたそうだ。
意味は誰も知らない。
誰が最初に言い出したのかもわからない。
ただ、それを三度唱えると、その夜だけはノックが止む。

「テンシンキアクリョウキョウ」

あいつがそこまで言ったところで、受話器の向こうで、乾いた音がした。

コン。

木を軽く指先で叩いたような、小さな音だった。
私は一瞬、ホテルの廊下を誰かが通ったのだと思った。だが友人はそこで黙り込み、ひゅっと息を吸い込んだ。

コン。

今度ははっきり近かった。電話越しでもわかるくらい、扉のすぐ外で鳴っている。

「おい」
「来た」

声が裏返っていた。
冗談ではないと、その時ようやくわかった。

三つ目が鳴る前に、友人は震えた声であの言葉を唱えた。
一度目は噛んだ。
二度目は、誰かの発音を真似るみたいに、妙に平板だった。
三度目だけ、ひどくはっきりしていた。

すると、三つ目の音は鳴らなかった。

長い沈黙のあとで、友人は笑った。乾いた、喉に張りついた笑いだった。

「ほんとに止まった」
「最初からそういう作り話なんだろ」
「かもな。でも、窓、開けてないのに」

そこまで言って、通話は切れた。

翌朝、友人から写真が送られてきた。
ホテルの窓ガラスに、油を塗ったみたいな丸い跡が三つ、等間隔で並んでいた。子供の指にも見えるし、柑橘の房を押しつけた痕にも見えた。下の窓枠には、細い繊維みたいなものが一本だけ張りついていた。白くて、薄くて、果物の筋のようにも、爪の内側から剥けた皮のようにも見えた。

その日の夕方、友人がうちに来た。

ドアを開けた瞬間、何より先に匂いがした。甘ったるい柑橘の匂いだった。香水ではない。皮を爪で裂いたばかりの、生ぬるい匂いだ。

顔色は悪く、目の下が落ち窪んでいた。たった一晩で痩せたように見えた。
部屋に上がるなり、あいつは言った。

「助かったと思ったんだよ」
「実際、朝は来ただろ」
「来た。でも、あれ、止まったんじゃなかった」

友人はスマホをテーブルに置いた。録音データを再生すると、昨夜の電話の続きらしい音声が流れた。途切れたあとも、通話アプリが落ちずにしばらく録っていたらしい。

雑音。
浅い呼吸。
それから、遠くで一回、ノック。

コン。

間を置いて、もう一回。

コン。

ここまでは、扉のほうから聞こえる。

だが三回目だけ、音が違った。

コン。

すぐ耳元で鳴っていた。
扉ではない。
録音のマイクのすぐそば、いや、もっと近い。喉の奥を指で叩いたみたいな、湿った音だった。

友人は再生を止めた。

「ホテルを出てからも鳴るんだ」
「どこで」
「最初は玄関。次は窓。今は、押し入れの内側」
「気のせいだ」
「俺もそう思おうとした。でも、場所が近づいてる」

そう言って、あいつは自分の腹を撫でた。

その仕草だけ、ひどく嫌だった。
冗談でやっているのではないと、見ればわかったからだ。

その夜、友人はうちに泊まらなかった。人の家で鳴ったら困る、と言った。私は引き止めなかった。正直、少しでも早く帰ってほしかった。あの匂いが部屋に残るのが嫌だったし、さっきから果物ナイフがやけに目についた。

三日後、友人は会社を無断欠勤した。
スマホは繋がらず、ホテルにも戻っていなかった。
部屋だけはそのまま残っていて、清掃に入った人間が気味悪がって警察を呼んだそうだ。

争った形跡はない。
財布も鞄も置いたまま。
窓は閉まっていた。
ただ、ガラスの内側に、また三つ、丸い跡がついていた。

机の上にはメモが一枚あった。

《あの言葉は追い払うためのものじゃない》
《返事をしない代わりに、向こうの言葉で返しているだけだ》
《三回言うと、三回目の場所を教えることになる》

そこまで読んだところで、私の部屋の玄関が鳴った。

コン。

昨夜は窓だった。

コン。

だから今、これを書いている。

本当は、あの言葉を書かないつもりだった。
覚えないほうがいいと、最初に言われたからだ。
けれど、渡さないとよくないという言葉まで、結局は本当だったらしい。

あいつが私に渡したように、私はここに書いている。

テンシンキアクリョウキョウ。

もう二つ目が済んでいる。
三つ目は、読んで覚えた場所の、いちばん近いところで鳴る。

(了)

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