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短編 r+ ヒトコワ・ほんとに怖いのは人間

誰も知らないことになっている rw+10,306-0115

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彼女の話を聞いたのは、もう何年も前になる。

とある県立高校に通っていたという女性だ。卒業してから長い年月が経っているはずなのに、語る声は今でも妙に慎重で、途中、何度も言葉を選び直していた。まるで、話すこと自体が何かの規則に触れるような、そんな躊躇が滲んでいた。

その高校は、表向きはごく普通だったという。女子の比率が高く、男子は全体の三割ほど。進学率も平均的で、荒れた雰囲気もない。教師から見れば、問題の少ない学校だったはずだ。

ただ、女子の間には、男子には決して共有されない了解があった。

それは掲示板に書かれているような規則ではない。入学して数週間もすれば、誰かの態度や沈黙、視線の流れによって、自然と身体に染み込んでくる。教えられるというより、気づいてしまうものだった。

誰かが的外れなことを言っても否定しないこと。笑顔を作ること。距離を測り間違えないこと。褒める時には、褒めすぎないこと。褒めない時にも、理由を作らないこと。

そして、決定的な了解がひとつあった。

学校の中で、触れてはいけない場所がある。

それは教室でも、保健室でも、屋上でもない。人だった。

その名前を、彼女は最初は口にしなかった。仮に○○君としておく、と前置きしたうえで、ようやく説明した。

成績が飛び抜けているわけでも、派手な問題を起こすわけでもない。ただ、誰が見ても分かるほど整った顔立ちをしていた。廊下を歩けば空気が変わる。そう表現されていたのを、彼女は今でも覚えているらしい。

その人物と親しくなることは、許されていなかった。

理由は説明されない。ただ、そういう前例があった、という形で共有される。過去に距離を縮めようとした女子がどうなったか。転校した、来なくなった、名前を出さなくなった。それ以上のことは、誰も詳しく言わない。

語り手の友人、Aさんは、その了解を破った。

破ったつもりはなかったのかもしれない。告白された、と彼女は言った。顔を赤らめて、恥ずかしそうに。名前は伏せたままだったが、友人はそれ以上踏み込まなかった。踏み込まないことも、また了解のひとつだったからだ。

数日後、Aさんは相手の名前を明かした。

その瞬間、語り手は、ああ、と内心で思ったという。言葉にしなかったのは、すでにどう言えばいいのか分からなかったからだ。祝福の言葉は出てこなかったが、否定もしなかった。その沈黙が、結果的に何を意味したのか、彼女はいまも考え続けている。

それからAさんの周囲は、少しずつ変わった。

露骨な変化ではない。机が汚されることも、直接の悪口も、最初はなかった。ただ、声がかからなくなった。視線が逸らされるようになった。隣に座っていたはずの友人が、いつの間にか席を替えていた。

Aさん自身も、何かを言わなくなった。笑顔はあったが、どこか遅れていた。話しかけても、返事が半拍ずれる。彼女は疲れているだけだと、語り手は思い込もうとした。

決定的な出来事があった日のことは、語り手は詳しく話さなかった。ただ、受験期の寒い日で、いつも通り別れた、それだけだ。

夜になって、電話が鳴った。

Aさんは、帰宅途中で倒れていた。誰に何をされたのかは、はっきりしない。声を出せない状態で見つかったため、本人から事情を聞くこともできなかった。警察は調べたが、決め手はなく、事件は曖昧なまま終わった。

学校では、何事もなかったように時間が流れた。

○○君の名前は変わらず囁かれ、女子たちは以前と同じ距離感を保っていた。誰かが何かを知っているような気配だけが、校舎の隅に残っていたが、それについて語る者はいなかった。

Aさんは戻ってこなかった。

語り手は言う。いちばん怖かったのは、誰もが「知っていた」ことだと。誰がやったのかではない。やったかもしれない、という可能性を、全員が共有していたこと。けれど、誰も確認しなかったこと。

沈黙は罰ではなかった。守るためのものだった。

彼女は今でも、人が集まる場所で、あの高校の空気を思い出すことがあるという。誰もが笑っていて、誰もが距離を測り、誰もが何かを見ないふりをしている場所。

話し終えたあと、彼女は小さくこう言った。

「たぶん、あの時、私も掟の中にいたんだと思う」

それが懺悔なのか、告白なのか、彼女自身にも分からないようだった。

(了)

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