ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

西葛西と南砂町のあいだ rw+3,761-0120

更新日:

Sponsord Link

釣りだと思われても構わない。

ただ、あの時に見たものを、このまま胸の奥に溜め込んでおくのが耐えられなくなった。それだけだ。

その日も、いつもと同じ時間に東西線に乗っていた。
夕方五時前。仕事が終わり、身体だけが先に帰宅モードに入る時間帯だ。車内は混みすぎず空きすぎず、吊革に掴まる人、座席で目を閉じる人、膝の上でスマホを操作する人が、互いに干渉しない距離で並んでいた。

俺は扉の横の席に座り、ポケットからiPodを取り出してイヤホンを耳に差し込んだ。再生ボタンを押すと、音楽が流れ、車輪の音や車内アナウンスが薄い膜の向こうへ押し出される。外界と切り離された、いつもの感覚だ。

西葛西を過ぎた。
窓の外に川が見え、低い団地と学校の校庭が流れていく。何度も見た景色だ。そのとき、不意に「ブツッ」という乾いた音が耳を打った。

音楽が止まった。

イヤホンからは無音が流れ込んでくる。iPodの画面を見ると、再生中の表示はそのままだ。接触不良かと思い、視線を落とした瞬間、視界の端に違和感が走った。

地上のホームが、窓の外を横切っていた。

一瞬、思考が止まった。
地下鉄のはずだ。ここは地上じゃない。南砂町の手前で、こんな景色が現れるはずがない。

顔を上げ、窓の外を凝視する。
そこには、あまりにも普通の駅があった。

ホームの縁に立つ学生。買い物袋を提げた主婦。スマホを見下ろすスーツ姿の男。夕暮れの光に照らされた、どこにでもある生活の一場面。異界めいた演出も、不気味な静寂もない。むしろ、日常そのものだった。

だからこそ、理解が追いつかなかった。

アナウンスでは、確かに「次は南砂町」と言っていた。西葛西と南砂町の間に駅は存在しない。知識として知っている。だが、目の前では電車が減速し、ホームが流れている。

「……駅?」

声にならない言葉が喉の奥で引っかかった。

とにかく駅名を確認しなければと思い、視線を走らせた。そのとき、白いプレートが目に飛び込んできた。

『藤迫』

黒いゴシック体の文字。
その両脇には、はっきりとこう書かれていた。

『←西葛西 藤迫 南砂町→』

頭の中が真っ白になる。
聞いたことがない。地名としても、駅名としても、記憶に引っかからない。なのに、その表示はやけに整っていて、最初からそこにあったもののように自然だった。

写真を撮ろうと思った。
だが、体が動かない。ポケットに手を伸ばすという単純な動作ができない。視線だけが貼り付いたように、白いプレートを追い続けていた。

車両は減速しきらないまま、ホームを通過した。
人々はそこに立っていたのに、誰も乗ってこない。誰もこちらを見ていない。まるで、電車が存在しないかのように。

隣の席の男を見ると、眉をひそめて窓の外を気にしている様子だった。だが、その前に立つ数人は、スマホから顔も上げない。異変に気づいている者と、そうでない者が、同じ車内に混在している。

そのことに、遅れて寒気が走った。

気がつくと、窓の外の景色は切り替わっていた。
団地、小学校、倉庫のような建物。いつもの東西線の風景だ。あの駅は、最初から存在しなかったかのように消えていた。

何度も目をこすり、時計を見た。時間は進んでいる。夢を見ていた形跡はない。だが、確かに俺は見た。白いプレートと、黒い文字を。

その夜、帰宅してから調べ続けた。
路線図、駅名一覧、過去の延伸計画、廃駅情報。鉄道趣味のサイトから個人ブログまで、片っ端から目を通した。

「藤迫」は、どこにも存在しなかった。

似た地名も、旧称も、計画段階の名前もない。完全な空白だ。
諦めかけたとき、古い掲示板の書き込みが一件だけ検索に引っかかった。

二〇〇八年。
「東西線で藤迫って駅を見たんだけど、知ってる人いる?」

それだけだった。返信は一件もない。
誰にも拾われず、話題にもならず、ただそこに残っていた。

画面を見つめながら、呼吸が浅くなった。
俺だけじゃない。誰かも、同じものを見ている。そして、誰にも信じられないまま、消えていった。

それ以来、東西線に乗ると、無意識に窓の外を凝視してしまう。
西葛西を過ぎ、川を渡り、校庭の影が伸びるあたり。耳の奥が不自然に静まり返らないか、無音の圧が降りてこないか。

今のところ、藤迫は現れていない。

だが、確信だけが残っている。
あの駅は幻じゃない。どこかにある。正規の路線図から零れ落ち、存在しないことになっているだけで、確かにそこにある。

もし次に現れたら、降りるべきなのか。
考えるたびに、胸の奥がざわつく。降りた瞬間、こちら側に戻れなくなる気がしてならない。

それでも、白いプレートに刻まれた二文字は、今も脳裏で冷たく光り続けている。

[出典:239 :本当にあった怖い名無し:2014/10/12(日) 10:57:30.73 ID:evOJUzQQs]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2026 All Rights Reserved.