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東西線の空白 r+3,392

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釣りだと思われても構わない。俺はただ、あの時見たものを吐き出してしまわないと、どうにも胸の奥がざわついて仕方がないんだ。

いつも通り東西線に揺られていた。時刻は夕方の五時前。仕事を終えて、ひと息つきたい時間帯。車内は程よく埋まっていて、吊革にしがみつく人、膝の上でスマホを打つ人、目を閉じて舟を漕ぐ人……それぞれの時間が、それぞれの静けさの中で流れていた。俺は扉のすぐ横の席に腰を下ろし、癖のようにポケットからiPodを取り出してイヤホンを耳に差し込んだ。音楽が流れ始めると、電車の軋みや人々のざわめきが遠のき、いつもの“自分の世界”に引き込まれる。

西葛西を過ぎた頃だった。窓の外に川が現れ、低い団地や小学校の校庭らしきものが視界の端に広がった。その時、耳をつんざくような「ブツッ」という音が響いた。反射的に顔をしかめる。音楽が途絶え、ノイズすら残らない。iPodの画面を覗くが、曲は再生中のまま。故障かと思い、イヤホンの接触を確かめようと俯いた瞬間、視界の隅に奇妙な光景が滑り込んできた。

「……駅?」

顔を上げると、地上にある駅のホームが窓越しに流れていった。行徳や原木中山あたりに似た、どこにでもあるタイプの地上駅。だが、ここにあるはずがない。さっき「次は南砂町」とアナウンスを聞いたばかりだ。西葛西と南砂町の間に、駅なんて存在しない。脳が現実を理解しようともがく。

それでも景色はあまりに普通すぎた。きさらぎ駅みたいな異界の匂いは皆無だった。人影ははっきりとあり、ホームには制服姿の学生、買い物帰りらしき主婦、スマホを見下ろすスーツ姿……夕暮れ時の生活感が満ちていた。

「おかしい……」

額に汗が滲む。錯覚か?夢でも見ているのか?とにかく駅名を確かめなくてはと思い、視線を走らせた。その時、白いプレートが飛び込んできた。

『藤迫』。

確かにそう刻まれていた。両脇には『←西葛西 藤迫 南砂町→』。黒いゴシック体の文字が、視界に突き刺さった。

頭が真っ白になる。写真を撮らなければと思ったが、指が動かない。むしろ、ポケットに手を伸ばす余裕すら奪われていた。「藤迫……?そんな名前の駅、聞いたことがない」思考は回転するのに、体は凍りついたまま。気がつけば車両はホームを抜け、線路脇のビル群の間を滑っていた。

隣の乗客を見た。何人かは眉をひそめ、外を気にしている。だが、大半はスマホの画面や本に目を落としたまま、特に動じていない様子。まるで“それが当たり前”であるかのように。ぞくりと背筋が震えた。

目をこすったり、時計を見直したりしているうちに、気がつけば窓の外には再び見慣れた景色が戻っていた。小学校のグラウンド、倉庫のような建物、遠くに沈みかけの太陽。全てが“いつもの”東西線の風景だ。あの駅は、痕跡ひとつ残さず消えていた。

どう説明すればいいのか分からない。夢や幻覚で済ませることもできる。だが、俺の記憶の中には、白いプレートに記された黒い文字がはっきりと焼き付いている。藤迫。

その夜、帰宅してから必死に調べた。ネットの地図、駅名一覧、鉄道オタクが作った詳細な路線図、どこを見ても「藤迫」の名はなかった。似た地名すらない。

ただ、一度だけ検索に引っかかった古い掲示板の書き込みがあった。二〇〇八年のものらしく、誰かがこう書いていた。
「東西線で藤迫って駅を見たんだけど、知ってる人いる?」

それに返信は一件もついていなかった。

画面を見つめながら、俺は呼吸が浅くなるのを感じた。俺だけじゃない。誰かも、あの駅を見ている。だが、その声は空白に飲み込まれていく。

以来、東西線に乗るたびに俺は窓の外を凝視してしまう。西葛西を過ぎ、川を渡り、小学校の影が伸びてくる。その時、耳をふさぐように無音の圧迫が訪れないか。ホームの群衆が視界に差し込んでこないか。藤迫の二文字が再び俺の目を刺さないか。

今のところ、あれ以来一度も現れていない。だが、心の奥底に確信が芽生えている。あの駅は、確かに存在する。俺の記憶だけでなく、この街のどこかに潜み、時折わずかな隙間から顔を覗かせる。

もし次に現れたら、今度は降りてみるべきだろうか。いや、そんなことをすれば、二度と帰ってこれないのかもしれない。

それでも、あの白いプレートの冷たさが、いまだに脳裏で光を放ち続けている。

[出典:239 :本当にあった怖い名無し:2014/10/12(日) 10:57:30.73 ID:evOJUzQQs]

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