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短編 r+ 民俗

外に出られる条件 rw+15,992-0102

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大学院に在籍していた頃、民俗学の調査名目で甑島(こしきしま)を訪れたことがある。

それまでにも山間の隠れ里や、過疎化した漁村に残る土俗信仰をいくつも見てきた。外部者を警戒する共同体や、形骸化した祭祀、信仰と生活が曖昧に溶け合った風習。だが、あの島で遭遇したものは、そうした延長線上に置いて理解できる類のものではなかった。

鹿児島港からフェリーで数時間。船内アナウンスでは、豊かな漁場、断崖の景観、温暖な気候といった観光向けの説明が繰り返される。甲板に出ると潮の匂いが濃く、島影が近づくにつれ、なぜか胸の奥がざわついた。

私の目的は一つだった。文献の脚注や古い雑誌記事の末尾に、申し訳程度に名前だけが残されている「クロ宗」と呼ばれる集団。その存在は断片的に示唆されるのみで、詳細な調査記録は皆無だった。理由は単純だ。接触した者がいない。あるいは、残っていない。

島に着いてすぐ役場を訪ね、集落分布の資料を求めた。対応に出た職員は、私の質問を聞いた途端、動きを止めた。しばらく沈黙した後、視線を外し、声を落として言った。

「Tの集落には行かない方がいいです。あそこは……島の者でも近づきません」

冗談めかした拒否ではなかった。本気で止めている声音だった。理由を尋ねても、職員はそれ以上何も言わなかった。ただ書類を揃え直す手が、微かに震えていた。

その夜、港近くの食堂で地元の漁師と酒を飲んだ。世間話を装いながら話題を振ると、男は盃を置き、周囲を見回してから口を開いた。

「Tの連中は、壁ん中に住んじょる。三メートルはあるブロック塀で家を囲んでな。外のもんは入れん。塀の向こうで何をしよるかは、誰も知らん」

酒臭い息の奥に、妙な緊張が混じっていた。

「死人が出るとよ、サカヤって呼ばれる家に運ばれる。けんどな……あれは死人やなか。まだ息しちょるうちに、布で巻かれて出てくる」

血のにじんだ布。そう言って男は口を噤んだ。

宿に戻っても眠れなかった。資料として頭に入れてきた曖昧な伝承が、急に輪郭を持ちはじめ、思考の内側で脈を打っていた。

翌朝、地図に印を付けたT集落へ向かった。島を横断する道は細く、雑木が覆いかぶさり、昼間でも薄暗い。しばらく歩くと、唐突に視界が開け、斜面に寄り添うように二十軒ほどの家屋が現れた。

すべての家が、厚いブロック塀に囲まれていた。塀の上には割れたガラス片が埋め込まれ、光を受けて鈍く反射している。防御というより、拒絶そのものの形だった。

人の気配はない。風の音すら、ここだけ避けて通るように静まり返っている。歩みを進めると、背後で軋む音がした。振り返ると、塀の隙間から老人の顔が覗いていた。濁った瞳が、まっすぐこちらを捉えている。

声をかける間もなく、顔は引っ込んだ。

胸が締めつけられたが、足は止まらなかった。集落の奥に進むにつれ、塀はさらに高くなり、やがて一際大きな門が現れた。錆びついた南京錠。門の隙間から覗くと、干された白布が揺れていた。その表面には、赤黒い染みが点在していた。

背後から低い声がした。

「ここは、よそ者の来るところではない」

振り向くと、黒い着物の男が立っていた。骨張った手が腕を掴み、無言で引きずろうとする。名刺を差し出し、研究目的だと告げたが、男は首を横に振った。

「名を残す気なら……命は残らん」

別の塀の向こうから女の声が響いた。

「サカヤさまがお呼びだ」

男は私の腕を放し、「行け」とだけ言った。

案内された建物は、集落の最奥にあった。中に入ると、線香と生臭さが混じった匂いが鼻を刺した。奥の座敷には、白髪の老人が座していた。笑っているようで、感情の読み取れない顔だった。

「学ぶために来たのだな」

老人はそう言い、手を叩いた。戸が開き、布に巻かれた人影が運び込まれる。呻き声。布の隙間から滲み出す赤。

老人は何も説明しなかった。ただ、布を切り裂き、盃を差し出した。周囲の者たちが黙って血を受け取っていく。

次に差し出されたのは、私だった。

拒めばどうなるのか。その問いが浮かんだ瞬間、理解した。選択肢はない。理由もない。ただ、そうなる。

盃を口に当てた。鉄錆の味が喉を焼いた。

意識が途切れる直前、老人の声が耳元で囁いた。

「これで、外に出られる」

目を覚ますと、港のベンチに座っていた。陽は傾き、人の往来があった。腕には赤黒い染みが残っている。拭っても消えなかった。

帰京後、報告書をまとめようとしたが、資料はすべて失われていた。ノートも録音機もない。ただ、夜になると舌の奥に血の味が甦る。

夢の中で、老人の声が繰り返される。

「おまえは、もう外ではない」

その言葉が、今も胸の内側で脈を打っている。

[出典:秘密結社~クロ教(クロ宗)の鉄の掟]

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