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水の音の家 r+4,800

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ホームヘルパーという仕事を知っていますか。

年寄りの家に行って、ご飯を作ったり、掃除をしたり、時にはオムツを替える。人の暮らしに寄り添いながら、淡々と日常を維持する仕事です。

結婚を機に一度は退職して、子育ても落ち着き、時間を持て余すようになった頃、資格を取って少し働いてみようと思い立ちました。自分の都合に合わせて働けると聞いたことも背中を押していました。

初めは先輩のヘルパーに同行して学ぶ。数回の見習い期間を経て、三件目にして初めて一人で訪問することになった家があります。

そこは広くて古い造りの家に、おばあさんがひとりで暮らしていました。同行の時、先輩がぽつりと言いました。

「ここ、ちょっと気持ち悪いでしょ……陰気臭いんだよね」

その言葉を軽く笑い飛ばしながらも、確かに家全体に湿った匂いが漂っているのを感じました。とはいえ、おばあさんが普段使っている居間や寝室は改装されており、床暖房に明るい照明。生活空間だけは不自然なほど清潔に整えられていました。掃除もその範囲だけでよいと聞かされていたので、内心で安堵しました。

それでも、一人で訪問する初めての日は胸がざわついていました。玄関のチャイムを何度鳴らしても返事がなく、しんとした空気が庭先にまとわりつく。

ためしに玄関の引き戸を少し引いてみると、鍵はかかっていませんでした。

「こんにちわ~」

声をかけても反応はなく、代わりに水の流れる音が家の中から聞こえてきました。台所の蛇口が出しっぱなしになっているらしい。もう一度声を張り上げても応えはない。

仕事とはいえ、勝手に他人の家へ上がることにためらいがありました。けれど、同行したときは返事がなくてもそのまま上がった。玄関先で迷った末、「お邪魔します」と声を残して足を踏み入れました。

居間に向かいましたが、やはりおばあさんはいません。あたりはやけに静かで、ただ水の音だけが残っていました。仕方なく台所へ行って蛇口を閉める。金属的な音が止むと、さらに家の沈黙が濃くなったようでした。

帰ってくるのを車で待とうかと考えながら回れ右したとき、居間の奥から「ガタッ」と何かが置かれるような音がしました。寝室のほうです。

もしかすると具合が悪くて寝ているのではないか。そう思って寝室を覗いたのですが、布団はきれいに整えられ、誰の気配もありません。奥のふすまを開けると和室の物置部屋になっていて、積み上げられた段ボールと古びたタンスが並んでいるだけでした。

嫌な気配が胸を締めつけました。ここに長くいてはいけない。そう思ってふすまを閉め、急ぎ足で居間を出る。

トイレの前を通る時、戸がしっかり閉じられているのが目に入りました。中に人はいない。わざわざ覗く必要はない。そう思いながら、心の中で「これは安否確認のためなんです」と必死に言い訳をしていました。

玄関に戻ろうとした矢先、また「ガタッ」と音が鳴りました。場所は特定できず、家全体がどこかで息をしているような、不気味な沈黙に包まれていました。

玄関に近づいたとき、ふと気づきました。靴がないのです。私のもの以外に。おばあさんが家にいるなら、少なくとも一足くらいはあるはずなのに。

背中に氷を押しつけられたような感覚に襲われ、慌てて靴を履こうとした瞬間でした。

「ウ~~~~~~~~~」

女の声が、呻き声と笑い声のあいだのような調子で響きました。二階からは続けざまに「ガタンッ」と大きな音。

体が固まりました。だがもしおばあさんが二階で倒れているなら、助けなければ。恐怖と職業意識の板挟みになり、結局私は階段を駆け上がっていました。

二階に上がると、先ほどの騒音が嘘のように静まり返っていました。四つの部屋、どの扉も閉じられ、廊下の突き当たりには本棚やカラーボックスが雑然と並んでいる。その隙間に、小さな女の子がこちらを覗いているように見えたのです。

「えっ……」

目を瞬くと影は消えていました。けれど振り向いた拍子に、廊下の端の部屋の入口に紺のトレーナーにジーパン姿の女が立っているのが見えました。のっぺりとした顔立ち、目鼻のない顔。それなのに、こちらをじっと見つめていると確信できました。

胸が裂けるように恐ろしく、私は階段へ一目散に駆け下りました。肩にそっと手を置かれたような感触を無視し、靴を履いて引き戸を開け、外に飛び出したのです。

最後の最後で振り向かないようにしていたのに、視線が勝手に引き寄せられました。玄関の上がり口。猫が伸びをするような格好で、その女が這いつくばっていました。今度ははっきりと顔が見えました。黒髪を肩まで整え、濡れたように光るウェーブがかかっている。頬の形、唇のゆがみまで思い出せるのに、不思議と目だけは記憶から抜け落ちていました。

私はその日のうちに「もう仕事はできない」と会社に訴えました。別のヘルパーが代わりに訪問することになり、私は制服をクリーニングに出して返却。そのまま退職しました。

会社に制服を届けたとき、同行してくれた先輩と鉢合わせしました。気まずさを隠せずにいると、先輩が小さく言いました。

「あの家ね……他にも怖い目にあった人いるんだよ。おばあさんは悪い人じゃないんだけど、行ける人が限られちゃうんだ」

理由は詳しく聞かされませんでした。ただ、その家の仏壇には若い女と、小学生くらいの女の子の遺影が並んでいるのだそうです。

今もあの家では、水の音と、誰かの足音がしているのかもしれません。

[出典:783:本当にあった怖い名無し 投稿日:2009/11/28(土)10:36:04ID:XTH0+9xH0]

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