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短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚 n+2025

綻びの手のひら n+

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「ちょっと、君の手を貸してくれないかな?」

運転席から差し出されたその手は、不思議と温かかった。初対面なのに、触れた瞬間、指先から腕にかけて、何かが走ったような感覚があった。ビリビリとでもなく、ゾクゾクとでもなく……ただ、心の奥に潜んでいた何かを、まざまざと引きずり出されたような居心地の悪さが、そこにあった。

その夜、私はある“オフ会”に参加していた。掲示板で有名な心霊系スレッドの住人たちが集まり、いわゆる「心霊スポット巡り」をするという、よくあるやつだ。車は三台。私は、その中でも「霊感があるらしい」と評判のTさんの車に乗せてもらっていた。

Tさんは、物腰が柔らかく、冗談を交えながら話すタイプで、どこか胡散臭いようでいて妙に説得力のある、そんな人だった。

最初のスポットでは、特に何も起きなかった。ただ風が強くて、木々の枝が夜空をなぞる音ばかりが耳に残っていた。

車に戻ったとき、話題は自然と「霊視って本当にあるんですか?」という方向へ流れていった。誰かがそう尋ねると、Tさんはにこやかに笑って、すっと言った。

「霊視は、コールドリーディングですよ。いわば手品みたいなもんです」

周囲にいた私たちは思わず黙り込んだ。霊能者を信じていたわけではないが、期待していた分、その言葉は意外だった。

「要は、相手の反応を引き出して、そこから情報を読み取るんです。例えば……」

そう言って、Tさんは私を見た。

「部屋のカーテン、青系ですよね? ほら、海っぽいっていうか……」

正直、その時点で「当たってる」と思った。私のカーテンは青地に白いラインが入ったマリン調のものだった。ただ、曖昧な表現だったから、私が反応してしまったのかもしれない。

「ベッドの横、木のタンスがありますよね? 二段の」

確かにそうだった。でも、もしかすると私は顔に出やすいのかもしれない。知らず知らずのうちに、答えを教えていたのかも。

でも──。

「もうちょっと、特別なことをしてみようか?」

その言葉とともに、Tさんが私の手をとった時から、空気が変わった。

言葉の調子が一変したのだ。今までのように探る口調ではない。確信に満ちた、まるで読み上げるような声音だった。

「君のお母さん……今のお母さんじゃなくて、生んでくれた方のね。その実家、H市のM町の方だけど……縁、まだあるのかな?」

一瞬、呼吸が止まったような感覚に襲われた。

誰にも話していない。そもそも、自分でも忘れていた記憶だった。

私は二歳の時に母を亡くし、五歳で父が再婚した。再婚相手を「母」として慕い育ったので、生みの母の記憶は薄れていた。実家がH市という話を父から聞いたことはあったが、町名までは覚えていなかった。

なのに、M町と名指しされて──心がざわついた。

Tさんは続けた。

「来年、結婚する前に……そこに行っておいで。君の、おじいちゃんが、会いたがってるよ」

妙な話だった。私は当時、付き合っていた彼と結婚の話をしていたが、まだ誰にも言っていなかったはずだ。

「……どうしてそんなこと、分かるんですか?」

気付くと、私はそう呟いていた。

「さあ。でも、見えるって言えば見えるし、聞こえるって言えば聞こえる……。でも一番は、綻びかな」

Tさんは車のヘッドライトを消し、微かな月明かりの中で静かに言った。

「人と人の縁は、時にほどけてしまう。それを、ちょっとだけ縫い直すのが、ぼくの仕事みたいなもんです」

数日後、私は父に電話して、母の実家の住所を聞いた。驚いたことに、本当にH市M町だった。彼氏に事情を話し、二人でそこを訪ねた。

出迎えてくれたのは、見知らぬ老人──祖父と祖母だった。

驚いた様子だったが、すぐに泣きながら私を抱きしめてくれた。

「まさか、今さら会えるなんて……」

祖父はそのとき、重い病を患っていた。だが、私たちが訪れたことがよほど嬉しかったのか、表情がまるで別人のように明るくなっていた。

私は、あの時Tさんが言ったもう一つのことを思い出した。

「庭の元井戸があった場所に、酒を撒いて。塩と水を器に入れて供えておいで」

祖母にそれとなく尋ねると、案内されたのは、家の裏手にぽつんと残った平たい石の場所だった。

「あの辺に、昔井戸があったのよ。もう埋めたけどね」

私は言われた通りに、酒を撒き、塩と水を供えた。

それから数週間後、祖父の容態は徐々に回復し、結婚式の日には車椅子ではあったが、笑顔で参列してくれた。

Tさんとは、その後二、三度会っただけだ。連絡先も聞かなかったし、今はどこで何をしているのかも知らない。

けれど、あの夜の手の温もりと、「見えない縁の綻びを直せるのが本当の霊視」という言葉だけは、今もはっきり覚えている。

私の手を包んだあの手は、過去と未来の間をすくい上げて、繋ぎ直してくれたのだ。

ありふれた夜に起きた、たった一つの奇跡。

それはまるで、ほどけかけた糸が、誰にも気づかれずに静かに縫い直されたような、そんな出来事だったのだ。

[出典:126 :本当にあった怖い名無し:2009/11/12(木) 06:08:09 ID:bptuh2yAO]

解説

この「綻びの手のひら」は、怪談という形式をとりながら、実は人間の縁を扱った小さな救済譚として書かれている。
“恐怖”ではなく、“奇跡”と“不可解”の境界に立つ物語であり、ジャンルでいえば〈静かな心霊譚〉、あるいは〈霊的ヒューマニズム〉に属する。
そして、題名が示す通りの核は「綻び(ほころび)」――縫い目がほどけた世界と人の関係をめぐる寓話的構造だ。


冒頭の「ちょっと、君の手を貸してくれないかな?」という一文は、作品全体の象徴である。
“手を貸す”とは、日常では些細な協力を意味するが、この物語では現実と不可視の世界をつなぐ接点としての「手のひら」が鍵になる。
触れた瞬間の「ビリビリでもゾクゾクでもない、居心地の悪さ」という微細な感覚――ここですでに、怪異は物理ではなく心理の中で始まっている。
作中で霊的な描写は一切派手でない。けれど、“触覚”と“会話”というごく人間的な行為を通して、現実がゆるやかにずれていく。


中盤、物語の導入は現代的だ。匿名掲示板のオフ会、心霊スポット巡り、霊感自称者──インターネット時代の「疑似オカルト文化」を下敷きにしている。
ここで作者は、典型的な“心霊怪談の文脈”をわざと用意しておいて、そこから静かに逸脱する。
Tさんが放つ言葉「霊視は、コールドリーディングですよ」で、その逸脱が明確になる。
読者の期待を裏切る形で、霊を否定し、心理的な読み取りとして説明してみせる。
ところが、その直後から彼の「読み」が人間離れしていく
つまり、理性的な説明を提示した人物が、理屈を越えた現象を起こすという二重反転。
この転調が実に巧みだ。信じられないのではなく、「信じない」と決めていた構造自体が破綻していく。


Tさんが語る「綻び」という概念は、この物語の哲学的中核だ。
彼は霊能者ではなく、“縫い手”のような存在として描かれる。
「人と人の縁は時にほどけてしまう。それを、ちょっとだけ縫い直すのが仕事」という台詞は、怪談としての機能を超えて、人生の倫理そのものを指している。
死者と生者、過去と現在、血縁と記憶──それらの結び目が緩むと、人は孤立し、運命の連鎖から外れてしまう。
Tさんはそのほころびを見つけ、指先でそっと縫い直す。
つまり、霊視とは死者を呼ぶ術ではなく、見えない糸の修繕なのだ。


後半の展開は、いわば“検証の章”だ。
主人公が本当にH市M町を訪れ、祖父母と再会する。
この再会がもたらすのは恐怖でも不幸でもなく、「穏やかな驚き」と「静かな回復」である。
祖父が病を癒し、結婚式に参列するまでの流れは、一見すると奇跡譚のように見えるが、物語は決して感傷に寄りかからない。
Tさんの言葉は霊的命令というより、“忘れられた縁の記憶を思い出させる力”として描かれている。

興味深いのは、Tさんが完全に“消える”点だ。
連絡先も知らず、再会もない。
それはつまり、「綻びを直した瞬間に、その存在は必要なくなる」という構造を持っている。
彼は“修理された縫い目の針跡”のように、役目を終えた瞬間に現実から抜け落ちる。
ここに、“幽霊の反転構造”がある。
Tさんがもし霊だったとしても、彼は人を脅かさず、むしろ人間の側の現実を修復するために現れる幽霊なのだ。


最後の一文「ほどけかけた糸が、誰にも気づかれずに静かに縫い直されたような、そんな出来事だったのだ」で、物語は完全に円環する。
最初に触れた“手の温もり”と、“縫い直す”という行為が一致し、題名の「綻びの手のひら」が意味を結ぶ。
このラストは、怪談でありながら祈りのような静けさを持つ。
恐怖の不在が、むしろ読後の余韻を深くしている。


要するに、この作品は

  • 「霊視=人の関係性の修繕」
  • 「触れること=過去と未来を繋ぐ行為」
    という、現代社会が失った“結び”の物語である。

インターネットでつながる時代に、ほんとうの“縁”とは何か。
データや情報ではなく、誰かの手の温もりによって繋がれる記憶の糸こそが、ここで語られている奇跡の正体なのだ。

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