小学校二年から四年までのあいだ、私は週に二度、放課後になると姉と並んで、学校のすぐ裏手にあるそろばん塾へ通っていた。
校舎の裏に回ると、すぐに視界が開ける。その一角に、どう考えても場違いな墓地があった。家一軒ぶんほどの狭い敷地に、背の低い墓石がぎゅうぎゅうに並び、どれも黒ずみ、角は欠け、刻まれた文字は風化して読めないものばかりだった。金網とステンレスの手すりで囲われているだけで、塾との境界はひどく曖昧だった。
授業が終わると、私たちは決まってその墓地のまわりで遊んだ。姉と二人のときもあれば、塾で顔だけ知っている別の子が混ざることもあった。ステンレスの手すりにまたがり、勢いをつけて滑り降りる。墓石を背にして笑い転げる。それが習慣になっていた。
子どもにとって、墓地は死者の場所ではなかった。ただの空き地で、少し危なくて、少し大人に叱られそうな遊び場に過ぎなかった。
その日も、授業が終わると私たちは外へ飛び出した。夕方の西の空は朱色に染まり、畑に並ぶ柿の木や栗の木の輪郭が、沈みかけた太陽の光にくっきりと浮かび上がっていた。風は弱く、空気は重たく、夏と秋の境目の匂いがしていた。
私はいつものように手すりに乗り、そこから何気なく西の空を見上げた。
その瞬間、息が止まった。
電線の上に、火の玉ではないものがあった。
それは、火の棒だった。
三十センチほどの細長い棒状のものが、オレンジ色の炎をまとって燃えている。まるで乾いた木切れがそのまま宙に浮かび、燃え続けているようだった。炎は確かに揺れている。激しく、今にも音を立てそうなほどに。だが、棒そのものは微動だにせず、風にも引かれず、電線の上に固定されている。
私は一瞬、理解が追いつかなかった。
火は燃える。燃えれば落ちる。煙が出る。そういう当たり前のことが、すべて裏切られていた。あり得ないと思った。けれど、目の前にそれはあった。
私は反射的に畑を見下ろした。誰もいない。焚き火の気配もない。煙も上がっていない。電線の下には何もない。ただ、柿の葉が夕風に揺れているだけだった。
胸の奥がざわついた。怖さと同時に、妙な興奮がこみ上げてきた。私は隣にいた姉や、周囲で遊んでいた子どもたちに向かって叫んだ。
「ほら、あそこ! 火の棒が燃えよる! 火の玉や!」
自分の声が、やけに甲高く響いたのを覚えている。
皆が振り返った。姉も、知らない子も、塾の窓から顔を出した子たちも、私が指さす方向を見上げた。
その光景は、今でもはっきり思い出せる。
誰一人として、騒がなかった。
驚きの声も、悲鳴も、ざわめきもない。ただ、口を少し開けたまま、ぽかんと空を見ている。姉もそうだった。普段なら、面白いことや不思議なことがあれば、誰よりも先に声を上げる姉が、そのときは何も言わなかった。
私は一人だけ、息を荒げていた。珍しい光景を逃したくなくて、必死に目を凝らしていた。瞬きをするのが怖くて、視線を逸らさないようにしていた。
けれど、ほんの一瞬だったのだと思う。視線がわずかにずれた、その隙に。
火の棒は、消えていた。
あれほど激しく燃えていた炎が、煙一筋も残さず、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。
「今の、見えんかった?」
私は周囲に向かって叫んだ。けれど、返ってきたのは曖昧な視線だけだった。誰も「見えた」とは言わなかった。
悔しくて、塾が終わったあと、私は姉と畑の中に入った。電線の真下を探した。何か落ちていないか、燃えかすはないか。けれど、そこには何もなかった。灰も、焦げ跡もなく、ただ夕風に揺れる葉の音だけがあった。
家に帰ってからも、頭から離れなかった。私は紙に絵を描いて、祖父に見せた。棒の形、炎の様子、電線の位置。必死に説明した。
祖父は私の絵を一瞥し、少し笑って言った。
「飛行機の燃料かなんかやろ」
私は子どもだったから、その言葉をそのまま受け取った。そうか、あれは飛行機の燃料だったのか、と。納得したつもりになった。だが、心のどこかで引っかかりは消えなかった。
それから何年も経ち、私は大人になった。
あるとき、不意にあの夕暮れの光景が蘇った。電線の上の燃える棒。姉の表情。周囲の沈黙。
考えれば考えるほど、おかしな点ばかりが浮かび上がってきた。
あのとき、姉は確かに空を見ていた。無関心に視線を逸らしていたのではない。何かを見ているような顔だった。ただ、それについて何も言わなかった。
姉は昔から、奇妙なことを口にする子どもだった。「龍を見た」「狸が踊っていた」そんな話を日常的にするくせに、あの日の火の棒についてだけは、一言も語らなかった。
もしかすると、あの火の棒は、私にしか見えていなかったのではないか。そう考えたこともある。けれど、それだけでは説明がつかない。
もし姉の目に何も映っていなかったのなら、あんなふうに口を半開きにして空を見つめるはずがない。
祖母にその話をしたことがある。祖母は少し考えてから、こう言った。
「昔から、あの辺りは出る言うとった」
それだけだった。詳しい名前も、理由も語らなかった。その沈黙が、かえって胸に重く残った。
今でも時々思う。
もしかしたら姉は、私と同じ空を見ていたのかもしれない。ただし、そこにあったものは、私が見た火の棒とは違う姿をしていたのではないか。
あるいは、私が見ていなかったものを、姉は見てしまったのではないか。
そう考えると、喉の奥が冷たくなる。
朱色に沈む畑。電線。燃える棒。
あの炎は、確かに空にあった。
けれど、あれは何を照らしていたのだろうか。
もしかすると、私の背後に立っていた何かを、照らしていたのではないか。
その想像が浮かぶたび、子どもの頃の夕暮れの色が、今も鮮やかに甦る。
[出典:376: 本当にあった怖い名無し 2015/06/02(火) 22:36:36.10 ID:VFUGt4iw0.net]