ネットで有名な怖い話・都市伝説・不思議な話 ランキング

怖いお話.net【厳選まとめ】

短編 r+ 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

電線に燃えるもの r+1,416

更新日:

Sponsord Link

小学校二年から四年までのあいだ、週に二度、放課後になると姉と一緒に、学校のすぐそばにあるそろばん塾へ通っていた。

教室の隣には場違いなようにぽつんと墓地があった。家一軒ぶんほどの狭い敷地に、黒ずんだ墓石がひしめき合い、どれも古びていて、読めない字ばかりが彫られていた。

授業が終わると、私は決まってその墓地のまわりで遊んでいた。姉も一緒に、時には塾仲間の知らない子どもも混ざって、墓地のステンレスの手すりにまたがっては滑り降りる。墓石の並びを背に、笑いながら遊ぶのがいつもの習慣になっていた。子どもにとって、死者の眠る場所はただの遊び場に過ぎなかった。

ある日のこと。
夕方の西の空は朱色ににじんで、沈みかけた太陽の光が畑の柿の木や栗の木をくっきりと浮かび上がらせていた。私は例によって手すりに乗り、そこから何気なく空を見上げた。

その瞬間、息を呑んだ。

電線の上に、火の玉ではなく「火の棒」があった。
オレンジ色の炎をまとった、三十センチほどの細長い棒。まるで乾いた木切れが燃えているようなのに、風に揺れることもなく、真っ直ぐに宙に固定されている。
火は確かに燃え盛っている。ボウボウと音が聞こえそうなくらい激しく揺れているのに、棒自体は不動のまま。

私は畑を見下ろした。誰もいない。焚き火をしている気配もない。燃えかすの煙も立っていない。
あり得ないと思った。けれど確かにそこに燃える棒はあった。

胸がざわつき、同時に妙な興奮に駆られて、私は隣にいた姉や遊んでいた子どもたちに叫んだ。
「ほら、あそこ! 火の棒が燃えよる! 火の玉や!」

振り返った顔は皆ぽかんとしていた。
姉は口を開けて西の空を見つめ、塾の窓からも何人かが顔を出し、私が指差す方向を確かめている。だが、その様子には不思議と温度がなかった。驚きや恐怖ではなく、ただ「見る」というだけの無反応。

私だけが息を荒げて、夢中になって火の棒を追っていた。
珍しい光景を焼きつけておきたくて、目を離さないように必死だった。

けれど、ほんの瞬きのあいだだったのだろうか。視線がほんの少し逸れたすきに、その棒は消えていた。
あれほど激しく燃えていた炎が、煙一筋すら残さず消滅していた。

悔しくて、塾帰りに姉と畑に入って確かめた。電線の下には何も落ちていなかった。燃えかすも灰もなく、ただ柿の葉が夕風に揺れているばかり。
さっきまで目の前で燃えていたものの痕跡は、影すら残していなかった。

家に帰ってからも頭から離れず、私は紙に絵を描いて祖父に報告した。棒の形と、揺れる炎を真剣に説明した。
祖父は私の絵を一瞥して、苦笑しながら言った。
「飛行機の燃料かなんかやろ」

私は子どもだったから、素直に信じた。そうか、あれは飛行機の燃料だったのか、と。けれど腑に落ちたわけではなかった。

それからずっと年月が流れ、私は大人になった。
あるとき、不意にあの記憶が蘇った。姉と遊んでいた夕暮れ、燃える棒。
考えてみるとおかしな点が多すぎた。

姉の表情。あの時、彼女はただ口を半開きにして空を眺めていただけだった。普段なら、面白いことがあれば真っ先に声を上げる子だったのに、一言も発さなかった。
塾の窓から顔を出した子たちも、確かにこちらを見ていたはずなのに、誰も「見えた」とは言わなかった。

それに、姉はいつも奇妙なことを言う子どもだった。「龍を見た」とか「狸が踊っていた」とか、そんな荒唐無稽な話を日常的に口にするような子だった。なのに、あの日だけは火の棒について一言も語らなかった。

今になって思うのだ。
もしかすると、あの火の棒は、私にしか見えていなかったのではないか。

私が必死に指さして叫んでいたあの時、姉も子どもたちも、ただ私の興奮を訝しく見つめていただけなのかもしれない。
火の棒に視線を合わせていたのではなく、私という存在そのものをじっと見ていたのではないか。

ぞくりと背筋を冷たいものが這い上がる。

祖母にその話をしたこともあった。祖母は祖父と違い、軽く流さなかった。
「小学校のあたりは昔から鬼火や狐火が出よる。ムジナが化かす言い伝えもあるしな」
と真顔で言った。祖父は婿養子で土地の来歴を知らなかったらしい。祖母の言葉を聞いて、私の胸に妙な重みがのしかかった。

鬼火。狐火。ムジナの悪戯。
そのどれかだったのかもしれない。

けれど、ひとつ腑に落ちないことが残っている。
「見えなかった」姉が、なぜあんなにぽかんと空を見ていたのか。

ただ無関心に見過ごしたわけではない気がする。
もし本当に姉の目に何も映っていなかったなら、彼女はあんな風に口を半開きにして硬直するはずがない。

今も時々思い出す。
もしかしたら姉は、私と同じ「火の棒」を見ていたのではないか。
ただし、それは私が見たものとは違う、別の姿をしていたのかもしれない。

あの日以来、姉が火の棒について口を閉ざした理由。
それは、語れば私に取り憑いてしまう何かを恐れたからではないのか。
あるいは――私の背後に燃えていたものを、見てしまったからではないのか。

そう思うたびに、喉の奥が冷たくなって、子どもの頃の夕暮れの色が甦る。
朱色に沈む畑と、電線の上に燃える棒。
炎は確かに、私を見下ろしていた。

[出典:376: 本当にあった怖い名無し 2015/06/02(火) 22:36:36.10 ID:VFUGt4iw0.net]

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, r+, 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2025 All Rights Reserved.