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かえるのうた rw+5,255-0206

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年末の寒気が、オフィスの窓ガラスを震わせていた。

先輩が、いつもの調子で肩を叩いてきたのは、仕事納めまで一週間ほど残した頃だった。

「うちの町の年越し、見てみない? ちょっと変わった行事があるんだ。今年は特に、見せたいと思っててさ」

入社以来、先輩は何かと世話を焼いてくれていた。飲み会にも、社外の集まりにも連れて行かれたが、遠出の誘いは初めてだった。年末年始に実家にお邪魔するのは気が引けたが、「気にしなくていい」と笑われ、断る理由を失った。

行事は十二月二十九日から三十一日にかけて行われるという。今年は「家の者」が選ばれた、とだけ聞かされた。何をするのか尋ねても、「行けば分かるよ」と流され、それ以上踏み込めなかった。

結局、私は二十九日ではなく、三十日に出発することになった。
その判断が何を分けたのかは、今でもはっきりしない。

三十日の朝九時、先輩の運転する車で町へ向かった。三時間ほどの道中、取り留めのない話が続いたが、途中で先輩がふと呟いた。

「昨日、雨降ったよね」

確かに二十九日は雨だった。その言葉の意味を考える間もなく、先輩は欠伸をしながら続けた。

「昨日いったん帰ってさ。ちょっと用事済ませて、そのまま戻ってきたんだ。正直、眠くて」

胸の奥に、沈殿するような違和感が残った。

昼前、実家に着いた。庭の中央には、不自然なほど大きな水溜まりが広がっていた。池のように深く、濁った水が動かずに溜まっている。

「落ちないでね。行事に使うから」

軽い調子の言葉だったが、足元から冷えが這い上がった。

昼食後、二階の部屋に通された。窓から外を見ると、近隣の家の庭にも、同じように掘られた穴が点在していた。水のない、黒い穴だけが口を開けている。

「待ってる家だよ」

選ばれた家だけが、水を張るらしい。そう聞いても、何を待つのかは分からなかった。

夜十一時、電話が鳴った。先輩と父が呼ばれ、支度を始める。私は「ここにいなさい」と叔母に止められた。

先輩は納得がいかない様子で叔母に詰め寄った。「私は認めてない」「あんたはしてもらったでしょう」という言葉が、低くぶつかり合う。やがて時間に追われたのか、先輩は私を振り返り、

「ちゃんと見ててよ」

それだけ言い残し、外へ出ていった。

扉が閉まると同時に、叔母は鍵をかけ、私の手を掴んだ。

「一時になったら、二階から外を見なさい。声を出さない。耳も塞がない。ただ、最後まで聞くの」

一時。

窓に近づく勇気が出ないまま、湿った声が聞こえてきた。恐る恐る覗くと、水溜まりの周囲に、人が集まっていた。子供も大人も、二十人以上。全員が濡れたまま、水面だけを見つめている。

やがて声は揃い、歌になった。

かえれぬこはどこか
かえれぬこはいけのなか

かえれぬこはだれか
かえれぬこは

旋律が歪み、言葉が溶ける。

かえるのこはどこか
かえるのこはいけのそと

かえるのこはだれか
かえるのこは

その最後が、私の名に聞こえた。

歌が止んだ瞬間、先輩が顔を上げ、こちらを見て笑った。周囲の人影が一斉に動き、闇に溶ける。

駆け上がってきた叔母は、私を強く抱きしめた。

「まだ終わってない」

そう言って、荷物をまとめさせた。三時にも同じことが起きるという。理由は説明されなかった。

町を抜け、叔母の家へ逃げ込んだ。案内された部屋は、壁も天井も、隙間なく札で覆われていた。

夜明け前、叔母はぽつりと言った。

「聞いてしまった人は、呼ばれる。水の底から、ずっと」

それ以上は語らなかった。

翌朝、叔母に送られて帰宅した。別れ際、「雨の日は外に出ないこと」とだけ念を押された。期限は言われなかった。

年が明け、先輩は会社を休みがちになり、やがて「母が亡くなった」とだけ知らされた。私は会社を辞め、できる限り外に出ない生活を続けた。

今も、あの庭の水溜まりが残っているのかは知らない。
ただ、雨の匂いが濃くなると、耳の奥で、あの歌が続いている気がする。

――終わりにしたつもりでいるだけだ。

(了)

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