出張に行ったときの話。
275:ニュー鳴子 2007/11/28(水) 00:33:58 ID:seAkH0Uz0
大もめにもめた打ち合わせが終わったのが午後九時くらい。
遠隔地の出張だったので、さすがに今から帰るのは無理だろうという判断のもと、当地で晩飯喰った後、駅周辺で泊まれる所を探した。
上司の皆川さん曰く、ここらのホテルはどこもすいてるから夜遅くでも大丈夫とのことなので、軽く二人で酒飲んで十一時半くらいになってたと思う。
とあるホテルを訪ね、フロントで空き部屋確認したら、
「ツインなら一部屋ご用意できますが……」って言われた。
「皆川さん、ツインでいいですよね?」
って聞いたら、ちょっと嫌そうな顔をしてたが、俺は疲れてたので無視。
さっさとチェックインして、エレベーターに向かった。
部屋に入るとすごい眠気が襲ってきたので、テレビもつけず寝支度を始めた。
さて、寝ようかな……と思ってベッドに潜り込むと、上司が俺に向かって話しかけてきた。
「なぁ熊谷、ナルコレプシーって知ってるか?」
「新車ですか?」
「いや、睡眠障害の病気なんだけどさ、俺って寝付くときに結構な頻度で金縛りにあって怖い夢を見るんだよ。でさぁ、呼吸が荒くなったり叫んだりするかもしれないけど、そんときは怖がらずに俺を起こしてくれないか」
これから寝ようってときに、何キモいこと言ってんでしょうね、この上司!
疲れてたので適当に返事してると、
「俺が寝付くまで寝るなよ。うなされてたらちゃんと起こしてくれよな」
と言って、自分だけさっさと寝入ってしまった。
『いやぁすみません、昨日は長丁場の打ち合わせで俺も疲れてたもんで……』
という言い訳だけ考えて、俺はソッコー寝た。
真夜中になぜか目が覚めた。
時計を見ると、午前二時をまわっている。
一応、上司の様子を伺ったが、特に呼吸も乱れてないし、綺麗な仰向けの体勢でぐっすり眠っているようだった。
安心した俺は上司を起こさないよう、電気は全部消してたので真っ暗のままトイレで用を足し、自分のベッドに戻った。
暗がりの中、念のためもう一度上司の顔を見てみたら……
満面の笑みだった。
狂った笑い顔のおっさん。
それはもう気味が悪いくらいに大きく口を開けて、両目もカッと見開いてじっと天井を見据えている。狂人のような笑顔。
起きてるのかと思ったけど、笑い声がしない。
微動だにしない。まばたき一つしない。
あまりの思いがけなさにしばらく唖然としてたが、ふと我に返ると穏やかな顔でスヤスヤ眠ってて目もちゃんと閉じてる。
なんだ今の?ナルコきたコレ?みたいな。
数分くらいの間、上司の顔をじっと観察してたけど特におかしな様子もなく、完全に眠っているようだ。
空調の音だけが、部屋中をこだまする。
見間違いだったのだろうか。俺は釈然としないまま、また眠りにつこうとした。
それからどれくらいの時間が経ったかわからないけど、案の定怖くて眠れない。
さっきの顔が、頭に焼きついて離れないんだよね。
あんな顔の上司は、今までに見たことがなかった、マジで。
まるで、別の誰かが笑いながら死んでる感じだった。
今も隣でさっきの顔になってたらどうしようとか、突然笑い声が聞こえてきたらどうしようとかそんなことばかり考えちゃって。
なんか怖い時って、自分で勝手に想像してどんどん深みにはまちゃうけど、もうまさにソレ。おまけにトイレ行きたくなるし。さっき行ったよね、俺……
しょうがないんで、まんじりともせず頭からシーツにくるまって目をつぶってたんだけど、今度はミシミシと部屋を歩く足音が聞こえてきた。
向こう側からこちらへゆっくりと歩いてきている感じ。
明らかに重量を感じさせる床のきしむ音。
おかしい。誰かが入ってきたのなら絶対に気づくはず。
っていうか、ドアはオートロックで外から入れるはずがない。
でも、部屋は静かではっきりとわかる何者かの足音。
一瞬、上司かもと思ったが、起き上がるときにシーツの音がするはずだ。
強盗だったらやばいけど、目を開けることができない。幽霊だったらもっとやばいし。
さらに足音は近づいてくる、かと思えば急に立ち止まる。
これがまた怖かった。だって止まってる間、そいつは一体何をしてるんだろ?って。
その後も足音は時々立ち止まったり、急に足早になったりとベッドの周りを不規則に動き回っているようだった。
部屋をのそのそと歩く黒い人影を想像して、かなりやばかった。震えが止まらない。
そうこうしているうちに、ついにその足音は自分の近くまで接近してきた。
うわぁッやられる!と身を固くした途端!
「おい!」
という声とともに肩をつかまれた。
「ひぃっ!」
俺は、声になるかならないような悲鳴をあげた。
固まっているとまた声がした。
「大丈夫か?」
……声の主は上司だった。
どこからが幽霊で、どこまでが上司の足音だったのか。
俺は今までの経緯を自分が感じたままに上司に話した。
しかし上司は、「どうせ夢でも見たんだろ」
とか
「俺の病気が移ったか?」
などと笑いながら茶化して、真剣に取りあってはくれなかった。
「ちょっと寝れそうにないんで、起きてていいですか?」
俺は上司にそう言って、部屋の電気をつけた。全部。
だって怖かったし。
上司はタバコ吸ってた。
俺はただ起きてるのも暇だったので、鞄から意味もなくノートパソコン引っ張り出してきてソリティアとかやってた。
しばらくしてふと思い立ち、会社支給のエアエッジを差し込んでネットにつなぎ、ここのホテルのHPを探してみた。
……ほどなくそれは見つかった。
んで色々見ているうちにお客様掲示板的なところに、削除された投稿を数件見つけた。
削除理由は書いていない。
なんとなくだけど、ほらやっぱりナ、って思った。
「皆川さん、これ……」
って振り返ったら、上司はもう寝ているようだった。
良く見るとうなされているようだったが、あえて無視した。
だって、怖かったし。
参考資料:ナルコレプシー
ナルコレプシー (narcolepsy) とは、日中において場所や状況を選ばず起こる強い眠気の発作を主な症状とする脳疾患(睡眠障害)である。
笑い、喜び、怒りなどの感情が誘因となる情動脱力発作(カタプレキシー)を伴う患者も多いが、その症状が無い患者もいる。
通常であればノンレム期を経た後で発生するレム睡眠が入眠直後に発生してしまい、また入眠時レム睡眠期 (SOREMP) が出現するため、入眠時に金縛り・幻覚・幻聴の症状が発生する。
更に夜間はレム睡眠とノンレム睡眠の切り替わりで中途覚醒を起こすため、目は覚めても体を動かそうとする脳の一部が眠っているために金縛りを体験することになる。
入眠後から起床時までは、そのような状況のため概して睡眠が浅くなりやすくなり、夢を見る回数が増える。
ほとんどが悪夢で、現実とリアルな夢の境目が分からずにうなされる場合が多い。
ナルコレプシーの病因として特定されているものには、オレキシンの欠乏がある。
オレキシンは視床下部から分泌される神経伝達物質で、千九百九十八年に櫻井武(現・金沢大学大学院医学系研究科教授)と柳沢正史(テキサス大学サウスウェスタン医学センター教授)らのグループによって発見された。
オレキシン遺伝子を破壊したマウスにはナルコレプシー症状が現れることが明らかになっている。
また、任意のヒトのナルコレプシー患者においても視床下部のオレキシンを作る神経細胞が消滅していることが明らかにされている。
さらに、オレキシン神経細胞を破壊し人為的にナルコレプシーを引き起こしたマウスに、オレキシン遺伝子を導入したり、脳内にオレキシンを投与することでナルコレプシー症状が改善されることも明らかにされた。[出典:Wikipedia]
参考文献
カスタマーレビューより引用
ナルコレプシー研究者の本多裕 先生により書かれた数少ない、この分野の専門書です。
ナルコレプシー(Narco Lepsie)とは、1880年にフランスの医師ジェリーノ(Gelineau)によって名付けられた病名です。フランス語から日本語への直訳としては『Narco = 眠り』&『Lepsie = 発作』です。
現在の日本語訳としては下記のように様々な名称で呼ばれており確定しておりません。
周囲見方: 眠り発作、居眠り病、過眠症、なまけ病(ひどいよぉ……)
患者見方: 睡眠発作、睡眠障害、過眠症、眠い眠い病
病気の症状として表れる表面的な現象だけを見ずに、なんとかこの病気の本質を表す日本語訳はないかと一患者として真剣に向き合ってみました。
私の提唱するナルコレプシーの日本語訳は次の名称です。
『睡眠統制脳視床下部病』
これは脳(視床下部)の病気なのです。気合いで治すとか、そういう類のものではありません。適切な治療を病院で受け、少しずつ回復させていくものです。
西暦2010年の医学では、完治方法がまだ示されていないようです。なぜなら、脳の仕組みがまだ人類には分かっていないことだらけだからです。
でも悲観する必要は全くありません。現在は副作用の少ない新薬が数年前から国の承認がおり、その薬の服用で通常の生活に戻れます。
地獄のような睡魔からは確実に解放されるのです。嬉しすぎます。ただ、薬代が高いのが家計にキツイですが……
様々な解釈、異論等あると思いますが、全て認めます。
ただ、この本を読むことで、脳科学と睡眠の深い繋がり、脳とは何かについても思慮したくなる一冊であることは間違い有りませんので、このページをご覧になった方に一読を勧めます。
病気の内容が周囲により理解される助けになれば良いなぁと思うのです。
その病気に成らないと当人以外には分からない辛さって他にもありますもんね。ではでは。
[出典:Amazon]