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中編 r+ 民俗

シジマノ神 r+5,485

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三年ほど前のことだ。実家を解体した際、業者が困ったような顔で俺に声をかけてきた。

「……あの、床下から変なモノが出てきまして」

差し出されたのは、やけに古びた、そして不自然にきれいな桐の箱だった。円筒形で、直径は十三センチ、長さは二十二センチほど。木製のメガネケースのようにも見えるが、異様な存在感があった。

箱の表面には、和紙が丁寧に貼られていて、筆で「シジマノカミ」と書かれていた。黒々とした文字が、妙に目に残った。シジマ……? 聞いたこともない言葉だった。

その夜、家族全員でリビングに集まり、例の箱を囲んだ。

「何が入ってるのかな?」と母が言い、妹が「でも蓋が見当たらないよ?」と首を傾げる。確かに、どこにも開け口がない。ただ、側面に蝶番のような金具がついていたから、誰が見ても箱には違いない。

二十分ほど家族でああでもないこうでもないと話し合った末、妹が唐突に言った。

「これ、ただの溝なんじゃない?」

見れば、確かに蓋のように見えた部分はフェイクだった。定規を当てると、四ミリほどの段差しかなく、開け口ではないことがわかった。拍子抜けしたような、そして何かに阻まれたような気持ちのまま、その晩はそれ以上何もしなかった。

翌日、大学で民俗学を専攻している池田のところへ箱を持っていった。池田は興味津々で、手に取るなり「蝶番、ばらしてもいい?」と目を輝かせた。

了承すると、工具を持ち出して手際よく作業を始めた。片方の蝶番が外れたとき、小さな穴が一つ、見えた。直径一ミリほど。針の先でしかつつけないような小さなものだ。

「これが、本物の蓋だよ」

池田はドヤ顔で言うと、もう片方の蝶番も外し、細い六角レンチを穴に差し込んだ。カコッと乾いた音がして、箱が滑るように開いた。

中には赤い木綿の布。古びてはいたが、汚れていない。不気味なほどに清潔だった。

そっと布をほどくと、中から出てきたのは、鏡張りの長方形の箱。まるで手のひらサイズの棺のようだった。

「また箱かよ……」と思わず漏らすと、池田の顔色が変わった。

「これ……ただの箱じゃねえ。棺だよ、これ」

空気が一気に冷たくなった気がした。冗談に聞こえない口調だった。

「……開ける?」

池田の声が震えていた。俺も迷った。ここまで来たら、開けるしかないという気持ちと、開けてはならないという本能がせめぎ合っていた。結局、好奇心が勝った。

「……あけよう」

中から現れたのは、詰め込まれた大量の髪の毛。黒と白が入り混じり、湿ってもいないのに生々しい。まるで誰かの頭部がそのまま詰められているかのようだった。

「シジマノカミ……って、これ、誰かの髪か?」

俺がそう言うと、池田は首を横に振った。

「いや、これは"神"の方だと思う」

数日後、池田から連絡があった。

「ちょっとヤバいかもしんねぇ」

話によれば、「シジマノカミ」は「シジマの神」、つまり「沈黙する神」という意味になるらしい。古い資料によれば、口を閉じたまま何も語らぬ神格を指すそうだ。シジマとは沈黙そのもの。黙して語らぬ者、あるいは、語ることを禁じられた存在。

池田の調べでは、四国の山中、かつて存在した物部という村に「いざなぎ流」という陰陽道の一派があり、そこにシジマノ神の伝承がわずかに残されているらしい。

池田は続けた。

「明日、知り合いの神主に会う。お前も来てくれ」

翌日、俺たちはその神主がいる神社を訪ねた。山間のひなびた神社。苔むした石段を登ると、鳥居が小さく見えた。

神主は箱を手に取ると、しばし黙っていた。やがて唸るように言った。

「こりゃ……封印されちゅうなあ」

その響きに、背筋が凍った。

神主は土佐弁で語り出した。

「これはたぶん、物部の陰陽師のもんじゃ。入っちょったがは、人間やない。妖しきもんや。どうしておんしの家にあったかは、わからん」

池田が「どうすればいいんですか」と詰め寄ると、神主は一言「知らん」とだけ言った。

それでも、「気は進まんが、預かっちゃる。調べてみよう」と言い、俺たちは箱を渡した。

それから一週間後、池田から再び連絡が入った。

「シジマノ神の正体が、少しわかった」

曰く、シジマノ神とは、古の土佐の山に棲んでいた異形の化け物。巨大な貝に長い毛が生えたような姿だったという。暴風雨の夜にだけ現れ、山を荒らし、村人を連れ去った。

封じたのは、物部村に伝わるいざなぎ流の陰陽師。祈祷と呪封を重ね、ついにその毛と本体を分けて封じ込めたらしい。

あの箱は、封印の一部だったのか。

なぜ実家の床下にあったのか、その経緯はいまだにわからない。家系にまつわる何かがあるのかもしれないが、親に訊いても知らないというだけだった。

あれから何年も経つが、俺にも池田にも、特に何か悪いことは起こっていない。だが、時折、夢に出てくるのだ。暗闇の中、長い長い髪がどこまでも伸びてくる夢。

最後に池田が言っていた。

「神主さんがこう言ってたらしい。『シジマノ神は、もう山の奥に帰ったのかもしれん。けんど、あの神は沈黙しちゅうだけや。沈黙しちゅうだけで、消えたわけやない』」

俺は、今でもあの箱の重さを、手のひらに感じる時がある。

あのとき開けたのは、箱ではなかったのかもしれない。

(了)


物部村(ものべそん)現在の地図

参考資料

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