これは、ある女性が飼っていた愛猫の話だ。
彼女が九歳のときに家族として迎えた猫は、二十三年と一ヶ月と三日、彼女の人生のほぼ半分を共に歩んだ。三毛猫のオスとシャム猫のメスから生まれた五匹の兄弟のうち、彼女の家に来たのは唯一シャム柄ではなく、焦げ茶色のキジ猫だった。翡翠のようなエメラルドグリーンの瞳を持ち、すらりとした体型と少し気難しい性格はシャム猫そのもの。美しい猫だった。来客たちから「美人さんね」と褒められるたび、彼女は心の中で密かに誇らしく思ったという。
成人して結婚し、引っ越しや出産といった人生の節目に、猫はいつも傍らにいた。家族以上に家族のような存在で、彼女にとっては姉妹のようでもあり、娘のようでもあった。けれど、長い時間の果てに訪れる別れは避けられなかった。老衰が急に進み、最後の数日は眠るように過ごした後、静かに命を閉じた。愛する猫のために、彼女はペット葬儀社に依頼して手厚く見送った。一体で焼かれた骨は、丁寧に骨壺に収められ、彼女の元へ帰ってきた。
ただ、葬儀社の予約が詰まっていたため、遺体を預けてから火葬されるまでの間に三日間の空白があった。そして、その三日目の夜のことだ。
彼女の両親が住む実家は遠く離れていた。けれど、その夜、猫はそこを訪ねていったらしい。母親は霊感の強い人で、猫が見えると語った。十年近くも会う機会のなかった両親のことを、猫は覚えていてくれたのだ。
その夜、寝室は静まり返り、風一つないはずだった。それなのに、枕元に置かれていた写真立てが突然、前に倒れた。音に驚いて目を覚ました父と母は、慌てて飛び起きた。目の前には、確かにあの猫がいた。いくつか並んだ写真立ての隙間からふっと姿を現すと、軽やかに飛び降り、玄関の方へと走り抜けていったという。
母は後日こう言った。「忘れずに、お別れに来てくれたのよ」。
彼女はその言葉に深く頷いた。長い時間を共に過ごした愛猫が、彼女だけでなく家族全員に最後の挨拶をしてくれたことを知り、胸がいっぱいになった。そして心の中でそっと呟いた。
「ありがとうね、ミー」。
(了)