これは、京都の舞鶴にある古い校舎での出来事について、ある同級生から聞いた話だ。
その学校では、三年生になると一泊二日の研修が恒例行事として行われる。場所は舞鶴にある校舎のすぐ隣に建つ旅館で、一日目はレクリエーション、二日目は海で遊ぶという内容だ。特に大きなトラブルもなく進行するため、生徒たちには息抜きのような軽いイベントとして受け入れられていた。
その年、自分たちも三年生になり、研修に参加した。特に変わったこともなく、一日目のレクリエーションも終わり、夜には生徒たちが布団を寄せ合い、恒例の怪談大会が始まった。その中で、ひときわ背筋が凍るような話が語られた。
話の主題は「イナホさん」という女子生徒だった。
数年前、この研修に参加していたイナホさんは、二日目の海遊び中に亡くなったという。イナホさんは内気で、クラスメイトたちから陰湿ないじめを受けていたとされる。そんな彼女の唯一の救いは、年下の男の子との交流だった。彼に会うために学校に通っていたと言われるほど、彼女にとってその存在は大きかった。
しかし、研修に参加しなければならなくなった彼女は、海を前にしてクラスメイトから無理やり引きずり込まれ、帰らぬ人となった。そして、それ以来毎年この時期になると、彼女の霊が現れるという噂が立った。現れる際には、まず海の方向から奇妙なラップ音が聞こえ、その音が近づいてくる。もしその音に気付いて振り返ってしまうと、そこにイナホさんが立っていて、冷たい目で見つめながら海へと引きずり込むというのだ。
彼女を追い払う唯一の方法は、音のする方向、すなわち海に向かって「もう研修は終わりましたよ」と叫ぶことだ、と話は締めくくられた。
その場ではよくある怖い話のひとつ、として受け止められたが、特にひどく怯えたクラスメイトが一人いた。彼は布団に潜り込み、震えていた。
深夜、二人のクラスメイトがトイレへと向かった。そのうちの一人が、戻ると同時に教師を呼びつけ、「ラップ音が聞こえた」と口にした。その言葉で部屋中が凍りついた。「もう一人は?」と聞くと、彼は「途中ではぐれた」と震え声で答えた。
すぐに教師たちが総出でその生徒を探すことになった。そして、まもなく校舎前にパトカーが到着した。駆けつけたところ、いなくなったはずのその生徒が警察と話をしているのが見えた。
話を聞いてみると、彼はラップ音に恐れおののき、噂に従って音のする方向へ走っていったという。すると校舎の裏手で、火のついた棒を手にした人影を見つけ、必死で「もう研修は終わりましたよ!」と叫んだ。その声に驚いたその人物は逃げ出し、近隣の住民が取り押さえて警察に通報したのだった。
実はその地域では、数日前にも放火未遂事件が発生しており、住民や警察が警戒していたのだ。その夜の音は、火が燃える音だったことが判明した。
翌日、教師にこの出来事を話すと、イナホさんの話を否定する者が多かった。
むしろ彼女は明るく活発で、ムードメーカー的な存在だったという。しかし、年下の男の子と親しかったのは事実のようで、行事のたびに「つまらない」と愚痴をこぼしていたのだとか。
それでも、生徒たちはこの出来事が偶然とは思えなかった。もし怪談が語られていなければ、火はつけられ、旅館や校舎が燃え尽きていた可能性もある。誰もが「彼女が守ってくれたのかもしれない」とつぶやいていた。
それ以来、あの研修で何かが起きることはなかったという。しかし、あの夜聞いたラップ音の記憶は、今も耳に焼きついて離れないそうだ。
[出典:120 :本当にあった怖い名無し :2006/08/09(水) 05:07:56 ID:X9hAhTZU0]