彼女の家系には、代々「風を呼ぶ力」が伝わっているらしい。
そう言われても、普通なら「なんて胡散臭い話だ」と笑ってしまうだろう。実際、彼女も今まで誰にも話したことがなかったそうだ。ただ、彼女自身がその力を持っていたのは間違いないという。
まだ幼い頃、夏の蒸し暑い日、窓を開けて空気の入れ替えをしたいと思った時、ふっと風が吹き込んだことが何度もあった。それは自然な風ではなかった。彼女が望んだ瞬間に、的確に吹いてくる風だったのだ。けれど、成長するにつれ、その力は消えていった。
その力は、どうやら母から娘へと受け継がれるものらしい。彼女の祖母はその力を自在に操っていたという。けれど、不思議なことに、祖母の子は息子ばかりだった。さらに、祖母の姉妹たちも女の子に恵まれなかった。そのため、彼女は「風を呼ぶ力」を持つ最後の存在かもしれないと感じているそうだ。
祖母が語ってくれた話では、この力は平安時代や江戸時代から重宝されてきたという。ただ、作物を実らせたり富を築くような力ではなく、人々に畏敬の念を抱かせるほどのものではなかった。それでも、力を強く持つ者ほど美しく生まれ、時の権力者たちの側近や愛妾となり、不自由のない生活を送ることが多かったらしい。実際、彼女の祖母も若い頃は写真に収められた姿も晩年の姿も美しい人だった。人当たりも良く、求婚者が後を絶たなかったという話も葬儀の席で耳にした。
しかし、この「風を呼ぶ力」には、どうしても拭えない黒い影がついて回るのだ。
祖母の家系の者たちは皆、不気味な亡くなり方をしているという。ある日を境に衰弱が始まり、一月も経たないうちに痩せ細り、面影を残さないほど変わり果てて亡くなってしまう。祖母も例外ではなかった。町医者にかかっていたものの、突如としてガンが発覚した。それも、通常では考えられないスピードで進行するガンだった。臓器の外側にできた腫瘍は、医者の目をも疑わせるほどの速さで彼女を蝕んでいった。祖母の最期は苦しみに満ちていたが、それでも「苦しい」と一言も漏らさなかったという。
「うちの家系は、みんなこんなふうに死んでいくんだよ」と、祖母は彼女に語ったことがあったらしい。けれど、変わり果てた祖母の姿を目にした時、その言葉以上の恐ろしさを感じたという。人間らしさを奪われていく過程が、何か得体の知れない力によるもののように思えてならなかったのだ。
祖母の葬儀は小春日和の日に行われた。穏やかな風が時折吹き抜ける中、火葬が終わり、骨を拾う段階になった時だった。不意に強い風が吹き、遺骨が舞い上がった。骨は宙を舞い、まるで何かに導かれるようにその場から飛び去った。
彼女はその瞬間、何かを確信した。祖母の力が、最後に自分自身を送り出しているのだと。見えない風の中に、祖母の影を感じた気がしたそうだ。
それからというもの、彼女は「風を呼ぶ力」を試すことは一度もないという。ただ、鏡を見るたび、自分の顔に変化がないかを確認せずにはいられないらしい。
(了)