「白く潰れた草」
中学時代の友人と再会した飲みの席で、やけに酒が進まぬ男が、ぽつぽつと語り始めた話だ。
高校三年の夏。茨城の海沿いにあるという、ある友人の親が買った小さなコテージに、男を含む六人のグループで泊まりに行ったのだという。
駅前のスーパーで五日分の食料を買い込み、タクシーで三十分。周囲に店一つない、ただ風と草と波音の響く土地。コテージは十坪足らずの掘っ建て小屋だった。
昼過ぎに到着した初日から、少年たちは歓声をあげて海に繰り出した。二日目もまた同様だった。
その夜、ニュースで日航機が墜落したことを知るが、それはこの話とは無関係だという。ただ、強く印象に残っているとだけ語った。
三日目の夜、床につこうとしていた時だった。ひとりが「外で音がする」と言い出した。草の上を滑るような音。最初は気のせいと笑ったが、やがて全員がそれを聞いた。……ずるり、と濡れた布でも引きずるような鈍い気配。
ほどなくして、ドン……と、床下から響くような音がした。全員が起き上がり、鍵を確認し、懐中電灯を手にしていた。だが、それ以上のことは起こらなかった。
翌朝、外に出ると、コテージの周囲に不自然に倒れた草があった。幅一メートルほどの帯状で、色が抜けたように白く変色している。だが、迎えのタクシーは翌日の昼。帰る手段もないまま、四日目の夜が来る。
その夜、突然照明が同時に消えた。白熱電球が同時に切れたのだ。テレビの明かりだけが部屋を照らす。再び……草を引きずるような音が響き始めた。
今度は、確かにそこに“何か”がいた。
最初にNが外へ飛び出した。黙ったまま、ひとりで。数分後、様子を見に出た五人が見つけたNは、草の上に座り込んで頭を小刻みに揺らしていた。
何を聞いても、ただ揺れ続けるばかりだった。
音は止まなかった。
棒切れを持ったKが外に出て行き、Gと二人が追った。
しばらくしてGが戻ってきた。膝をついて座り込み、言葉もない。
男はたまらず外へ出た。そして、草の上に、それを見た。
黒い影を引きずりながら、二、三十センチほどの小さな人影が、何かを運んでいた。山車のような、いや、それにしては歪な、膨らんだ塊。
小人たちが黙々と草を踏み潰しながら、それを曳いていた。
草が……潰れて白く変わっていく。あの変色した帯の正体だ。
小人たちが運んでいた黒い塊は、無数の虫の死骸だったという。
……男はそこで気を失った。
翌朝、全員が外で気絶するようにして横たわっていた。だが、Nだけがいなかった。
三人が電話のある場所まで歩いている途中、森の中でNを見つけた。彼は何かに取り憑かれたように、小さな石を積み上げていた。夢中で、口をきかず、ただ手を動かしていた。
後日、Nは森に入ったとき、積まれていた石を面白半分に蹴り崩してしまったと話した。
目が覚めたとき、ただ元に戻さなければ、という思いだけが頭にあったらしい。
以来、Nは別人のように無口になり、友人ともほとんど会わず、引きこもるように暮らしているという。
森には、触れてはならない“もの”が封じられていたのかもしれない。
……そんな話だった。
[出典:946 :2003/03/17 21:20]