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星型の手紙 r+5,133

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中学のとき、学校にほとんど来ない女子がいた。

別にいじめられていたわけでもない。非行に走っていたわけでもない。ただ来なかった。登校日より欠席日のほうが多かった。その子に関する噂はあまり広がらなかったし、誰も深追いしなかった。薄く、霧のように彼女はそこにいた。

あの頃、まだ携帯は珍しくて、家に固定電話がない家庭もまれにあった。彼女の家もそうだった。連絡網が回ると、彼女の家に一番近い同級生が直接訪ねていた。それが誰だったかは、もう覚えていない。私ではなかったけれど、誰かは確かに毎度、玄関まで行っていたはずだ。

たまに彼女は登校してきた。空気のように、みんな自然に受け入れていた。特に仲良しがいるわけでもなく、かといって無視されているわけでもなく。あいさつを交わし、班活動で一緒になり、給食を食べ、帰っていく。次いつ来るのかは誰にも分からなかった。

ただ、煙草のにおいだけは、異様に記憶に残っている。

廊下ですれ違ったとき、強烈に匂った。衣服に染みついたヤニ臭。当時の私たちにとって、それは大人のにおいだった。教師ですらあそこまで臭わなかった。誰が吸っていたのか。彼女自身なのか、それとも家族なのか。いま思えば、あれはただの煙草ではなかった気さえする。

私と彼女は、出席番号が近かったからか、同じ班になることが多かった。

ある日、ノートに目を落としたままぽつりと話しかけてきた。

「髪、自分で切ったんだ。結構うまくない?」

そのとき、確かに髪が少し不揃いで、刈り上げの部分に傷のようなものが見えた。私は「うん、器用だね」としか言えなかった。

「夏服、無いんだよね。どうしよう、夏来たら」

笑っていたが、声はかすれていた。少しずつ彼女のことが気になってきた。ジャージがないから体育を休む。でも運動苦手だからラッキー。そう言っていたけど、本当にそれだけなのか……と。

あるとき、ふと「制服って、お母さんが買ってくれるの?」と訊いたことがある。ほんの軽い気持ちだった。でも彼女は一瞬だけ、瞳の奥に氷のような静けさを浮かべて、答えなかった。そのあとすぐに、「成長期だからさ、すぐサイズ変わっちゃうしね」と笑った。

その冬、彼女が転校することになった。

クラスに特別な不和もなかった。自然と「何か贈ろう」という空気になり、ひとり二百円ずつ出し合って、腕時計を買うことになった。数人が、彼女が腕時計をほしがっていたのを聞いていたからだ。

たまたま、クラスに時計屋の娘がいた。その子のお父さんがかなり割引してくれたという話だった。

転校の前日、彼女が学校に来た。クラスで簡単な会を開いて、みんなで時計を渡した。そのとき彼女は、満面の笑顔で「ありがとう」と言って、ひとりひとりに手紙をくれた。模造紙を星型に切った、不思議なかたちの手紙だった。

私がもらったものには、意味のないような言葉が並んでいた。

「外灯の下で影が二つに見えるときは気をつけて」
「朝に黒い鳥が窓を叩いたら絶対に開けないで」
「耳鳴りが消えない夜は、水を飲んでもだめだよ」

一種の冗談だと思ったし、気に留めなかった。たぶん彼女なりのユーモアだったのだと。

……と、そのときは思っていた。

彼女が去ってから数週間後、時計屋の子が突然泣き出した。

放課後の掃除の時間だった。誰も何もしていないのに、ほうきを持ったままその場に崩れ落ちて、大声で泣いた。教師が来て、何があったのかと尋ねた。最初は「何でもない」と言っていたが、次の日、ぽつぽつと話し出した。

「……あの時計ね、返しに来たんだって。お父さんが」

夜中、彼女の父親が時計屋に現れたらしい。袋に入れられたままの腕時計を出して、「これは受け取れない」と言ったと。返品扱いにして、割引分も上乗せして返金した、と。

その話を聞いたとき、心の奥がじんわりと冷えた。

どうして返したのか。なぜ彼女自身ではなく、父親が来たのか。そして、もっと奇妙なのは、彼女の転校先を誰も知らなかったことだ。担任に訊いても、「ちょっと遠くに」と濁された。

あれだけ手紙を書いておいて、住所も電話番号も一つも書かれていなかった。

いつのまにか、クラスの空気から彼女の存在は完全に消えていった。

星型の手紙も、皆すぐに無くしてしまったようだった。私の分も、数年後に引っ越しのとき失くした。けれど、いくつかの言葉だけが、いまだに頭にこびりついている。

「影が二つ……」

あの言葉の意味が、いまになって少しだけ分かる気がする日がある。

夜道を歩いていて、誰もいないはずの場所で、自分の影が分かれるとき。

耳鳴りが消えず、水を飲んでも喉が焼けるように乾いている夜。

星の形をした紙が、ぐしゃぐしゃになって夢の中に落ちてくる。

腕時計の針が、ぴたりと動かなくなったあの瞬間――。

あれから彼女を見た者はいない。

……はずなのに、一度だけ、見た気がする。

廃業した時計屋のシャッターの前。月の光が斜めに射していた夜、遠くから見たその影は、妙に煙草くさかった。

そして、影が、ひとつ多かった。

[出典:456 :本当にあった怖い名無し:2016/07/27(水) 12:38:10.50 ID:9bjAgb6l0.net]

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