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返された腕時計 rw+5,133

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中学のとき、学校にほとんど来ない女子がいた。

いじめられていたわけでも、不良だったわけでもない。ただ来なかった。出席より欠席のほうが多い。それだけなのに、なぜか強く印象に残っている。

彼女の家には固定電話がなかった。連絡網が回ると、家が近い誰かが直接訪ねていたらしい。私は一度も行かなかった。行かなくて済んだことに、当時は何も思わなかった。

たまに登校してくると、クラスは何事もなかったかのように受け入れた。特別仲がいい友人もいないが、孤立もしていない。空気の隙間に静かに戻ってくる、そんな感じだった。

煙草のにおいだけが、いつも強烈だった。

廊下ですれ違うと、鼻の奥を刺す。教師よりも濃い。彼女が吸っているのか、家族なのか分からない。ただ、そのにおいは彼女の存在そのもののようにまとわりついていた。

出席番号が近く、同じ班になることが多かった。

ある日、彼女はノートを見たまま言った。

「髪、自分で切ったんだ。うまいでしょ」

不揃いな前髪の奥に、刈り上げた部分が見えた。小さな赤い線が何本か走っていた。私は「器用だね」と返した。

「夏服ないんだよね。夏来たらどうしよ」

笑っていたが、目は笑っていなかった。私は何も聞かなかった。

一度だけ、余計なことを言った。

「制服って、お母さんが買ってくれるの?」

軽い気持ちだった。沈黙が落ちた。彼女は一瞬、こちらを見た。瞳の奥が、凍った水面みたいに平らだった。

「成長期だし、すぐサイズ変わるしね」

すぐに笑った。そのあと、私はその話題を蒸し返さなかった。

冬に入る頃、彼女は転校すると告げられた。

クラスで金を集めて腕時計を贈ることになった。彼女がほしがっていたと誰かが言ったからだ。時計屋の娘の父親が割引してくれた。

転校前日、彼女は来た。満面の笑みで時計を受け取り、星型に切った紙を一人一人に配った。

私の紙には、妙な文が並んでいた。

「外灯の下で影が二つに見えるときは気をつけて」
「朝に黒い鳥が窓を叩いたら開けないで」
「耳鳴りが消えない夜は、水を飲んでもだめ」

冗談だと思った。少し不気味な、彼女なりの別れの挨拶だと。

数週間後、時計屋の娘が放課後の掃除中に泣き崩れた。

理由は翌日わかった。

「あの時計……返しに来たって」

夜中、彼女の父親が店に現れたらしい。袋に入ったままの腕時計を出し、「受け取れない」と言ったという。割引分も含めて全額返金した。

どうして彼女自身ではなく、父親が来たのか。なぜ受け取れなかったのか。担任は転校先を「遠く」としか言わなかった。

私はふと思い出した。

転校前日、放課後。教室に忘れ物を取りに戻ったとき、机の上に置かれた腕時計を見つけた。まだラッピングが解かれていない状態だった。

何気なく、手に取った。

裏蓋に小さく、刻印が入っていた。日付と、彼女の名前のイニシャル。

そのとき、煙草のにおいがした。教室には誰もいなかった。

私は、ほんの出来心で、竜頭を回した。秒針が進み出すのを確認してから、元の位置に戻した。

その瞬間、耳鳴りがした。

短い、高い音。

私は時計を机に戻し、何事もなかったように帰った。

あの時計は、彼女の家には渡っていなかったのかもしれない。

それ以来、夜道を歩いているとき、外灯の下で自分の影を見る癖がついた。

先月、廃業した時計屋の前を通った。シャッターは半分錆びている。月明かりの下で、地面に影が落ちていた。

一つ、二つ。

私は立ち止まり、数え直した。

自分の影は一つだった。

もう一つは、私の足元ではなく、シャッターの内側にあった。

細長い影が、こちらを向いていた。

そのとき、腕時計の秒針が止まった。

手首には、何も着けていなかったはずなのに。

鼻の奥に、あの煙草のにおいが満ちた。

振り返らなかった。

影が二つに見えるときは気をつけて、と書いてあったから。

けれど、あれはきっと、数の問題じゃなかったのだと思う。

影が増えるのではなく、どちらかが自分でなくなる。

そういう意味だったのだと、今になって思う。

[出典:456 :本当にあった怖い名無し:2016/07/27(水) 12:38:10.50 ID:9bjAgb6l0.net]

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