今から十年前。世間がマツケンサンバのヒットで浮かれてた時代、チョっと危ない系のアルバイトをした時の話。
64 :本当にあった怖い名無し:2014/06/27(金) 01:12:32.89 ID:YZIwNUmx0.net
俺はといえば、西新宿のグレーな店で裏稼業のようなバイトをしていた。灰色の中に沈むビルの地下。そこには人の名前を持った獣たちがうごめいていた。
そいつは、よく出入りしていた男で、いつのまにか俺に近づいてきた。顔に似合わず饒舌で、語尾に濁音をつける癖があった。「今度、ちょっとした片付けがあってさ」と耳打ちしてきたのは、ちょうど俺が煙草に火をつけようとした時だった。日給十万円、金曜の夜から日曜の朝まで、場所は明かせないが山奥にある“タコ部屋の事務所跡地”の後片付けだと聞いた。
話が胡散臭い? そう思ったが、三十万円という数字が脳の中で暴れまわり、気がつけば俺は待ち合わせ場所に立っていた。同僚が二人と、運転兼監視役の男が一人。車に押し込まれ、窓には黒いフィルム、ナビは外され、途中で無意味に三十分停車したり、携帯の電波は届かない。徹底して場所を特定されないようにされていた。
気づけば、車は山道を進んでいた。生暖かい風。カーブを繰り返すたびに吐き気がこみ上げる。到着したのは、産業廃棄物処理場のような場所だった。金属の匂い、焼けたゴム、腐った油、濁った水音。とても人の生きる場所じゃなかった。
仕事自体は単純だった。ゴミを拾って、燃やす。それだけ。半日もかからず終わった。監視役の男と話すうち、「ここでいろんなもん埋めたんだよ」と笑いながら言われたが、冗談にしては目が笑っていなかった。
問題はそのあとだ。昼飯を食い終わっても帰る気配がない。理由を問うと、「明るいうちに出ると場所がバレる。暗くなるまで動けない」と言われた。仕方なく、山中を一人で歩くことにした。
雑木林の中、産廃の臭いから逃れるように奥へ奥へ進んでいった。すると、朽ちた石垣と、崩れた屋根瓦のようなものが見えてきた。苔に覆われた地面。木漏れ日も届かないそこは、まるで時間から忘れられたような空間だった。
一息ついて、携帯を取り出してみた。もちろん、圏外だった。電源を切ろうとした瞬間……耳に異様な音が届いた。
「オーン……オーン……」
遠くで誰かが呻いているような、あるいは獣の遠吠えのような。いや、違う。もっと……湿っている。振り向いた瞬間、背筋が凍った。同僚の一人が、そこに立っていたのだ。顔面蒼白。唇が震えていた。
「おい……ここ、ヤバくね?」
鳴き声はどんどん大きくなっていく。「野犬か?」と問いかけると、同僚がぽつりと呟いた。
「声……地面の下から聞こえてるって、わかんねぇ?」
言い終えると同時に、地面に落ちていた木の枝を拾い、狂ったように掘り始めた。乾いた土が飛び散る。俺は声をかけることすらできなかった。彼の口元が動いていた。
「許さねぇ……絶対許さねぇ……」
掘る。掘る。掘り続ける。土をかき分け、両手は血で染まり、やがて……何かを取り出した。それは、石でできた、首から上だけの仏像。いや、地蔵か。しかしその表情が……おかしい。憤怒。いや、あれは怨嗟だ。人の骨よりも冷たいその石の顔が、確かに呻いていた。
「オーン……オーン……」
鳴いているのは、あれだった。土の中から掘り起こされた、首たちが鳴いている。気がつけば、彼は次々と地面を掘り、石の頭を掘り出し、それらを積み上げていた。俺は動けなかった。足が、凍っていた。
同僚は最後に一言、何かを呟いて、そして山の奥へ、石の頭を抱えて歩いて行った。夕日が差し込んで、彼の影だけが長く、長く伸びていた。
……目が覚めたのは、産廃の匂いの中だった。走ったらしい。どうやって戻ったのか覚えていない。車に飛び乗り、震えていた。そこへ、監視役ともう一人の同僚が戻ってきた。
「お前、六時間もどこに行ってた?」
俺は掘った彼の話をした。だが、彼らは「そいつ、ずっとここにいたけど?」と首を傾げた。地図も記録もない。ただの夢? 幻覚?
だが、俺は確かにあの石の頭を見た。あの呻き声を、聞いた。
そのバイト代は結局、一銭ももらえなかった。後日、店に報告すると、上司が一万円を握らせて「これで終わりにしろ」と言った。その目が、妙に真剣だったのが今も忘れられない。
あの山のどこかに、今も埋まっている。怒りの顔をした石の首たちが。誰かがまた掘り起こさない限りは、静かに……呻きながら、眠っているのだろう。