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二番目の人柱 r+4,833

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母の話をしようと思う。

いまも鮮明に残るのは、祖父の低い声と、親戚の神主が告げた冷たい言葉だ。だが順を追って話さなければならない。

母は地方の女子高で教師をしていた。そこは噂に聞くだけでも背筋が冷たくなるような学校で、暴力団の子供や、新興宗教にどっぷり浸かった家庭の娘が集められる吹き溜まりだった。授業よりも警察の出入りのほうが多いのではないかと囁かれていた。

母が最初に赴任したのは、そんな場所だった。まだ若く、義務感に駆られていたのか、あるいは血の底から沸き立つ正義感だったのか、彼女は生徒を親から救い出そうとした。自分の経営する風呂屋に娘を沈める親、借金のかたに娘を売り飛ばす親、目を背けたくなるような現実がそこにはあった。
母はためらわなかった。夜の路地に踏み込み、少女を腕に抱えて逃げた。玄関を蹴破り、泣き叫ぶ声を背に振り返ることなく走った。職員室で同僚に「命知らず」と笑われても、母の目は曇らなかった。

だが、奇妙なことに気づいたのはその後だ。
普通なら保護者が学校に怒鳴り込んでくるはずだ。実際、あの高校ではそれが日常だった。教師を殴る父親、教頭を脅す母親……そうした連中が常に出入りしていた。けれど、母に噛み付こうとした者は誰一人として現れなかった。
理由は単純だった。噛み付こうとした瞬間に、彼らには不可解な出来事が起こったのだ。突然の事故死、原因不明の失踪、あるいは逮捕。怒りを抱えたまま塀の向こうに消える者たち。母の背中に振り上げられた刃は、決して届かなかった。

それは偶然の連鎖ではなかった。
「東原亜希のデスブログ」のように、と笑う人もいたが、笑って済ませられるほど穏やかなものではなかった。むしろ、その不気味な連鎖に魅かれるかのように、霊能者が次々と母の周囲に現れた。
ところが彼らは誰一人として無事には帰らなかった。死亡、失踪、精神の崩壊。遺体で見つかった者は、腹を裂かれ内臓をぶちまけた無惨な姿で発見された。
その惨状を耳にしたとき、母の顔はいつになく蒼白だったと記憶している。だが、泣き出すことも怯えることもなかった。ただ、どこか諦めたように黙り込み、授業へと向かっていった。

母が結婚し、私を産んだあとも、状況は変わらなかった。
呪詛が送られてきたこともある。藁人形、血の付いた手紙。だがそれらはことごとく空しく消えた。送り主の身に返り、破滅へと追いやった。母子を襲うはずの呪いは、逆に呪詛者を食い尽くしたのだ。

そんな母に向かって、祖父と親戚筋の神主はついに口を開いた。
「教員は辞めなさい。早く」
母は渋ったが、姑の意向もあってやむなく退職した。

その夜、私は祖父の言葉を聞いた。
「お前の母は人柱なんだ。それも、祟り神の中でも超弩級の存在のな」
祖父は元拝み屋で、数多の怪異と向き合ってきた人物だった。冗談ではなかった。彼は続けてこう言った。
「一族は古くから神社に仕えてきた。だが神に仕えるということは、呪いをも受け止めるということだ。どうしても傍に置きたくないもの、しかし悪用されれば恐ろしくなるもの……そういうものを封じるには、人柱が要る。お前の母は、その中でも一番恐ろしいものの人柱だ。魂そのものがそれに変じている。呪いの宝石を喜んで身につけているのはその証だ。呪われるどころか、相手の命を喰らってしまう。目覚めたら手の施しようがない」
彼はそこで私を見据え、さらに続けた。
「だが……お前もまた人柱だ。一族が封じたものの中で二番目に恐ろしいもののな」

私は声を失った。
「じゃあ、私は母と同じ運命なのか」
祖父はそれ以上を語らなかった。具体的な説明をする前に、彼は亡くなった。死の間際まで、何を封じているのかを明かさずに。

親戚の神主も、私の問いには答えなかった。
「大丈夫だよ」
彼は淡々と言った。
「人柱といっても、君には一族そのものが憑いている。だから選ばれたんだ。君を護る。安心しなさい」

私は護られているのだろうか。それとも、囚われているだけなのか。
母は今も静かに暮らしている。私もまた平穏に日々を送っている。だが、夜更けにひとりになると胸の奥に疼くような感覚がある。誰かが私を見ている。何かが私を喰らいたがっている。そんな感覚だ。
時折、夢に現れる。血で濡れた床に、ばら撒かれた臓物の光景。そこで私の名を呼ぶ声がする。母の声に似ているが、もっと深い場所から響いてくる。耳を塞いでも聞こえてしまう。
祖父が言った「二番目に恐ろしいもの」とは何だったのか。母が担った「一番目」とはどんな存在だったのか。いまはもう誰にも確かめられない。

平穏は続いている。
それがいつまでなのかは、誰にも分からない。

(了)

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