これは、とある男性(仮にAさんとしよう)から聞いた話だ。
彼の家系にまつわる、少々不思議で厄介な出来事についてである。
Aさんの家系は、いわゆる「女系家族」として知られている。つまり、男児がほとんど産まれない。産まれたとしても、成人する前に亡くなることが多い。これは単なる偶然だと片付けるにはあまりに不自然で、親戚の間でも「あれは家の呪いだ」という声がささやかれてきた。けれど、Aさんは22歳になった今も健在だ。それどころか、筋骨隆々の健康体を誇る「まごうことなき男」である。
「死にたくないから、頑張ったんだよ」とAさんは冗談めかして言う。だが、その言葉の裏には、かなりの覚悟があったのだ。
きっかけは、母親の何気ない一言だった。
「アンタもそろそろやから、覚悟しときなさい」
それは、家族の男児が18歳前後で次々と命を落としてきた現実を踏まえた、ある種の警告だった。同時に、普段は姉たちから手厳しく扱われていたAさんが、妙に優しくされるようになった。まるで命が短い者への最後の施しのように。それらが、彼を行動に駆り立てた。
「このまま黙って死んでたまるか」と。
調べるうちに、家系にまつわる噂の発端は明治時代にまで遡ることがわかった。当時の家の当主が、愛人に対して酷い仕打ちをしたのだという。その愛人は、彼との間に男児をもうけたが、正式な妻ではなかったため、当主は子どもだけを引き取り、愛人を追い出した。そして、その愛人は失意の末に命を絶った。これ以降、家系は女系へと傾き、家の男児が若くして死ぬという不吉な連鎖が始まったという。
さらに、Aさんは奇妙なことに気づいた。他家から婿として来た男性は、何ら影響を受けていないのだ。呪いが「家の血を引く男児」にのみ作用していることが明らかだった。
Aさんは意を決した。呪いの元凶と思われる場所──愛人を弔うために建てられた石碑の前に、一晩中座り込むことにしたのだ。
その石碑は、古びた木に寄り添うように畑の片隅に建っていた。夜になると、周囲の静けさと薄暗い木々の影が、不気味さを一層際立たせる。Aさんは懐中電灯を頼りにその場に腰を下し、独り言のように語り始めた。
「お前さあ、子孫を祟るなんて、筋が通ってないだろ?」
最初は声が震えていた。夜の闇は冷たく、何かが背後から覗いているような気配に神経を尖らせた。だが、次第に恐怖よりも苛立ちが勝り、口調が激しくなっていった。
「理不尽すぎるんだよ。自分が報われなかったからって、何世代も先の俺らにまで当たるのはおかしいだろ! しかも俺、何も悪いことしてないし!」
口が止まらなくなった。家系に生まれた理不尽への怒り、不安、そして生き延びたいという切実な思いが次々と言葉となり、夜の闇に響いた。
「俺を殺せるもんなら殺してみろよ! その代わり、俺も霊になってお前を後悔させるくらい祟り返してやるからな!」
真夜中、石碑の前で延々と続くその独り言は、もはや説得というより脅迫に近かった。奇妙なのは、そんな異様な状況にもかかわらず、誰一人として通報する者も、近づく者もいなかったということだ。
そして、その晩を境に、Aさんの家系に起こる不幸がぱたりと止まった。弟が生まれたときも、彼は元気に成人した。呪いが解けたのだと誰もが信じた。
しかし、Aさんは時々思い出すという。石碑の前で一晩中語り続けたあのとき、背後に確かに感じた「何か」の存在を。振り向けばすべてが終わる気がして、決して振り向かなかったあの夜のことを。
「結局、俺が何を話しても、あいつは何も言わなかったんだよ。ただ、そこにいたんだ」
果たして、それはAさんの説得が効いたのか、それとも彼の命をかけた覚悟に恐れをなしたのか。真相はわからない。ただ、石碑は今も畑の片隅で静かに佇んでいるという。
(了)