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中編 r+ 家系にまつわる怖い話

嘉衛門と嘉兵衛 rw+7,000-0524

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その友人は、自分の名前を人前で書くのを嫌がった。

珍しい名前だから、というだけではない。名簿や申込書に書くとき、最後の一文字を入れる前に必ず手が止まる。誰かに読み上げられると、一拍置いてから返事をする。こちらがからかうと、彼は笑わずに言った。

「たまに、どっちを呼ばれたのか分からなくなるんだよ。」

彼の名前は嘉衛門という。古い家にはありがちな、少し時代がかった名だ。

もっとも、彼の生家は立派な旧家という雰囲気ではなかった。農村のはずれにある家で、柱は黒ずみ、畳は沈み、冬になるとすきま風が部屋の中を通った。家族はいつも金の話をしていた。米をどこまで延ばすか、灯油をいつ買うか、畑の機械を修理するか諦めるか。だから彼は、自分の家は昔から貧しいのだと思っていた。

違うと知ったのは、小学校の高学年になってからだ。

法事のあと、酔った親戚がぽつりと言った。

「おまえの家は、もとは本家だったんだよ。」

地域でも名のある庄屋筋で、古い土地も山もあったらしい。それが、嘉衛門が生まれた頃を境に、急に傾いた。田畑を手放し、山も分け、家の中の物も少しずつ売った。

その代わりのように、祖父の弟、つまり大叔父の家が急に羽振りよくなった。

大叔父はそれから本家を名乗るようになった。親戚の集まりでも上座に座り、子どもの嘉衛門にも妙に偉そうだった。彼が幼い頃から苦手だった、あの声の大きな親戚がその大叔父だったと知って、妙に腑に落ちたという。

大叔父の家には、嘉兵衛という男の子がいた。

嘉衛門より二つ年上で、背も高く、いい服を着ていた。親戚が集まると、大叔父は嘉兵衛を前に出し、「これが本家の長男だ」と言った。周りの大人たちは曖昧に笑った。嘉衛門の父だけは、いつも黙っていた。

不思議だったのは、その名前だ。

嘉兵衛という名は、大叔父がかなり強く押し通したものだったらしい。もともと別の名前に決まっていたのに、ある占い師が「この名にすれば家の運が向く」と言い、大叔父が聞かなかった。

嘉衛門の母は、その話をずっと嫌っていた。

「似すぎている」とだけ言っていたそうだ。

当時の嘉衛門には、何が嫌なのか分からなかった。嘉衛門と嘉兵衛。たしかに響きは似ているが、親戚に似た名前の者がいても不思議ではない。むしろ、向こうのほうが少し古めかしくて、からかわれそうな名だと思っていた。

事が起きたのは、嘉衛門が十歳の秋だった。

家の裏山に小さな社があった。一族の守り神だと聞かされていたが、子どもには薄暗くて退屈な場所だった。苔むした石段を上がった先に、腰ほどの高さの社があり、朽ちかけた注連縄がかかっていた。盆と正月だけ大人たちが掃除をし、酒と米を供えていた。

ある日の夕方、その社が焼けた。

火遊びだったという話だった。

焼け跡のそばには、嘉兵衛が立っていた。顔は煤で汚れ、手には焦げた枝を握っていた。大人たちが集まってきて怒鳴り、誰かが嘉兵衛の頬を打った。嘉兵衛は泣かなかった。ただ、嘉衛門のほうを見ていた。

その目が妙だった、と友人は言った。

怒っているわけでも、助けを求めているわけでもない。まるで「おまえも見ただろう」と言っているようだったらしい。

嘉兵衛は「俺じゃない」と言った。

だが誰も聞かなかった。焼け跡にいたのは嘉兵衛だけだったし、大叔父もすぐに来て、「子どものしたことだ」と言った。親戚たちが責めると、大叔父は薄く笑って、妙なことを口にした。

「大丈夫だ。嘉兵衛は守られている。」

その晩、熱を出したのは嘉兵衛ではなかった。

嘉衛門だった。

最初は風邪だと思われた。だが熱は一気に上がり、体は氷のように冷えた。額は燃えるほど熱いのに、手足だけが死人のように冷たい。医者を呼んでも原因は分からなかった。注射を打たれ、薬を飲まされても、彼は夜が更けるほど弱っていった。

眠っている間、彼は変な夢を見ていた。

自分が布団に寝ている。母が泣いている。父が医者に何かを聞いている。天井の木目が見える。そこまでは普通だった。

だが、視点が高かった。

自分は布団の中にいるはずなのに、なぜか天井近くから部屋を見下ろしている。布団の中に寝ているものは、自分の形をしているが、自分ではないように見えた。顔が白く、目鼻が薄く、手足のつなぎ目が固そうだった。

そのとき、母の実家から祖父が来た。

母方の祖父とは、父方の親戚との折り合いが悪く、長く行き来がなかった。だが母は最後にそこへ連絡した。祖父は夜中にもかかわらず、顔なじみだという年寄りの女を連れて駆けつけた。

玄関を上がるなり、祖父は嘉衛門の部屋に入った。そして、布団を見て足を止めた。

「孫はどこだ。」

母は、そこに寝ていると答えた。

祖父は怒鳴った。

「これは人形だ。おまえ、どこに隠した。」

母は泣きながら、何を言っているのかと祖父にすがった。父も「嘉衛門です」と何度も言った。だが祖父は布団の中のものを見ようとしなかった。見れば見るほど顔がこわばるようだった。

連れてこられた女は、部屋の隅に立っていた。

しばらく黙っていたが、やがて神棚を見上げた。榊が枯れていた。昨日替えたばかりだと母が言うと、女は返事をせず、枯れた葉を一本取って、嘉衛門の布団の端に置いた。

その瞬間、嘉衛門は天井近くから落ちた。

息が詰まり、胸が跳ね、喉の奥からひゅうと音が出た。母が叫んだ。父が背中をさすった。祖父はようやく布団に近づき、嘉衛門の顔を見て、低くうめいた。

「嘉衛門じゃないか。」

そのあと何をされたのか、嘉衛門にはよく覚えていない。

塩を撒かれたような気もする。水を飲まされたような気もする。女が何かを唱えていたような気もする。ただ、誰かがずっと彼の名前を呼んでいた。

嘉衛門。嘉衛門。嘉衛門。

だが途中で、一度だけ違う名が混じった。

嘉兵衛。

それを聞いた瞬間、部屋の空気が変わった。

誰が呼んだのかは分からない。母ではない。父でもない。祖父でも女でもない。声は布団の下から聞こえたようにも、天井裏から聞こえたようにも思えた。

女が急に黙り、祖父が部屋の戸を閉めた。

明け方近く、嘉衛門の熱は下がり始めた。息も少しずつ整った。母は泣き疲れて、彼の手を握ったまま眠りかけていた。

その頃、大叔父が家に来た。

戸を叩く音が異様に大きかった。父が玄関に出ると、大叔父は普段の威勢を失い、顔を土色にして立っていた。

「嘉兵衛が倒れた。」

それだけ言って、家に入ろうとした。

祖父が止めた。大叔父は祖父を見るなり、何か言いかけて口を閉じた。その背後には、嘉兵衛の母がいた。髪を振り乱し、泣きながら「熱いって言うんです」と繰り返していた。

嘉兵衛は、布団の中でずっと「熱い」と言っていたらしい。

体に火傷はなかった。だが、本人は社の中にいるように暴れ、両手で顔をかばい、喉が裂けるほど「熱い、熱い」と叫んだ。医者も来たが、夜が明けきる前に息を引き取った。

大叔父はそれから、親戚の前に出てこなくなった。

一族の集まりでは、誰もあの晩のことをはっきり話さなかった。大叔父が何かをしたのか。占い師が何を言ったのか。社を焼いたのは本当に嘉兵衛だったのか。誰かが聞いても、年寄りたちは口を濁した。

ただ、母だけは嘉衛門に言った。

「あの名前には返事をしちゃいけない。」

どの名前か、と嘉衛門が尋ねると、母は答えなかった。

その後、彼の家は少しずつ持ち直した。土地を少し買い戻し、古い家も直し、生活も以前ほど苦しくなくなった。表向きには、守り神の怒りが鎮まったのだと言われている。

だが友人は、そう思っていない。

なぜなら、持ち直した頃から、父方の親戚が彼を呼び間違えるようになったからだ。

「嘉兵衛」

そう呼んで、すぐに「ああ、嘉衛門だった」と言い直す。

年寄りだけではない。あの話を知らない若い親戚まで、たまに間違える。はじめて会う人間でさえ、名前を聞いたあと、ふと嘉兵衛と口にすることがある。

友人は今でも、自分の名前を呼ばれるとすぐには返事をしない。

「嘉衛門」と呼ばれたのか、「嘉兵衛」と呼ばれたのか。音だけなら、たしかに似ている。聞き間違いだと言えばそれまでだ。

ただ、一度だけ、彼はこう言った。

「俺が返事を遅らせるのは、間違えたくないからじゃないんだ。」

そのあと少し黙って、彼は続けた。

「先に返事をしたほうが、俺になる気がするんだよ。」

(了)

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