「魔の起源」という本に載っていた山の神の解釈が後味悪かった。
503 :名無しさん@おーぷん :2016/02/23(火)23:59:02 ID:HDt
山の神は、名前のとおり山に住んでいるといわれる人の姿をした神で、目と足が一つづつしかない。
本の中で、山の神に関するこんなエピソードが古典から引用されている。
山の神が村に下りてきて人を襲った。
襲われた人は「あわあわ」などと悲鳴を上げながら、抵抗らしい抵抗もできず山の神に殺された。
山の神は鬼なのだ。
山の神が村に来た理由も人襲った理由も、村人たちが黙って山の神が暴れるのを見ていた理由もなく、「鬼なのだ」としか記されていない。
著者はこのエピソードに対し、以下のような考察を述べている。
かつては日照りなどの際に、神に人間のいけにえをささげる風習があった。
そして身寄りのない人間や流れ者などを、いけにえ要員として『飼って』おくことがあった。
いけにえ要員に逃げられては困るので、逃げられないように片目をつぶし片足を奪ったという。
それが片目片足の『山の神』の正体だ。
殺されるために生きている身が哀れだったので、時に暴れまわっても村人はとがめたりしなかったのだろう。
当時は、日照りや冷夏などの異常気象が、即、村単位の死活問題になるハードモードだったから、現代人の感覚で物を言ってはいけないのは分かるけれど「いけにえ要員の飼育」という考え方はやりきれないものがあった。
(了)
追記:2024-11-09
この文章に記載されている「山の神」の解釈は、柳田國男の著書『一目小僧その他』に収録されている内容と一致する。この書籍では、山の神が片目片足で描かれる理由として、古代の生贄の風習に関連付けて考察されている。具体的には、山の神に捧げられる生贄として、逃亡を防ぐために片目を潰し片足を奪った人々がいたとされ、これが片目片足の山の神の由来であると述べられている。この解釈は、山の神の異形の姿に対する民俗学的な視点を提供している。